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「世間は大型連休突入らしいな」


「何言ってるんですか。先生だってしっかり休みじゃないですか。学生のくせに」


「何言ってる。俺はバイト三昧だぞ。お前と遊んでる暇なんてねえからな」


「…誰も『遊んで〜』なんて言ってませんけど」


「そんなこと言って、心の中では構って欲しいくせに。素直になれ。5月の課題にするぞ。『素直月間』にするぞ」


「それは先生にも適用されるんですよね?」


「お前限定に決まってるだろう」


「俺温泉とか行きたいんですよね〜、近場でいいんで」


「若いくせにえらく老衰した願望だな」


「先生この前、家の風呂じゃ足伸ばせないって言ってたじゃないですか」


「でも温泉だと家みたいにそのままベッドにはなだれ込めな」


「目的が違います!!」


「まあじゃあとりあえずは近場の温泉行くか。歩いて10秒の」


「……温泉じゃないですよ。ただのお湯ですよ。足伸ばせませんよ」


「よし、こっち来い。脱がせてやる」


「お風呂まだ沸いてませんよ、先生」





<終>




テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学


 天井が揺れている。
 地震じゃない。
 揺れてるのはオレだ。揺れてるっつーか、揺すられてるってのが正しい。
 自分の吐く息が荒い。嫌なのに、時折掠れた甘い声が混じって漏れる。それを堪えようとすると、唇を指でこじ開けられる。
 一度目と二度目ですっかり慣らされたお陰か、三度目は難なく挿入った。最奥まで深く繋がれると、オレの腰を抱いたまま首筋をべろりと舐める。美味しくなんてなかろうに。鎖骨に軽く歯を立てられる。反射で軽く身を竦ませると、好いと捉えたのか、伊部さんがその部分をきつく吸い上げた。うわ、絶対これ跡残ったよ。

「…ちひろ」

 だから、名前間違ってるってば。
 オレはうんざりして彼を見上げた。暗い天井を背景に、愛しそうに見下ろしてくる。
 優しい表情に、思わず見入る。
 そんな顔して名前呼ぶような人、間違ってんじゃねえよ。

 胸が苦しい。息が詰まる。
 この人が見ているのはオレじゃない。オレを見下ろしてるのに、オレを見てない。
 まるでオレなんかここにいないみたいだ。

 初めに嘘吐いたのはオレなのに、その自分の吐いた嘘の所為でこんなに苦しいなんて。馬鹿みたいだ。

 足を抱え上げられる。羞恥心を煽る格好に、全身熱くなる。より深く繋がる体勢を取らされる。
 オレは伊部さんの胸を一生懸命押し返した。
「…もう、やだ…っ!」
「ちひろ…」
「ぅあっ!あっ、ああ…ッ」
 天井が大きく揺れる。酔う。船に乗ってるみたいだ。
 くそ。こんな乗船チケット買った覚えねえのに。

 慣れてきたお陰か、腰が勝手に揺れる。痛覚より快楽を得ようと本能的に動いてるらしい。伊部さんを逃さないよう、締め付けているのも分かる。分かって、それで余計自己嫌悪。最悪。
 何してんだ、オレ。

「やだ……ッぁあ!!」

 全然、嫌がってねえじゃん。伴えよ、オレの体。


 目の前が白く爆ぜて、目が覚めた。










 慌てて上半身を起こすと、心臓がまだばくばくしていた。
 朝っぱらから刺激が強すぎる。寿命がかなり縮んだ夢だった。アレ以来、時折見るけど、ここまで鮮明なのは久しぶりだ。
「……くそ」
 舌打ちしてベッドから下りようとすると、手に何か柔らかいものが触れた。半眼で見下ろすと、それは毛布に包まっている伊部さんの腕だった。
「……………」
 ん?
 伊部さん?
 オレは即座にベッドの壁際に背中をくっつけた。
 はあ!?伊部さん!?伊部さんがなんでここに!?
 慌てて辺りを見渡すと、そこは見覚えのある伊部さんの寝室だった。何故だかいつの間にやらこの人とベッドインしちゃってたらしい。 何故に!?い、いやその前に…!
 オレは慌てて着衣を確かめた。
 大丈夫。着てる。上も下も、下着も穿いてる。
 安心しつつも、念のためにすっかり眠りこけている伊部さんの衣装も確認しておいた。うん。大丈夫。上も下も着てる。
 それからオレの着てる服が伊部さんのものだと知って、ようやく思い出した。
 そうだ。オレ、伊部さんの知り合いの女の子紹介されて、昨日映画見たんだった。んで、てっきり彼女紹介だと勘違いして、キレて映画だけ観て帰ってきちゃったんだった。そんで、伊部さんに一言文句言ってやろうと思ったら、実は演劇関係の子だったんだよな…
 マジで紛らわしい。いい迷惑だっつーの。
 ベッドに三角座りして、幸せそうに眠りこけている家主を睨んでいると、彼が寝返りを打った。こちらを向く形となる。

 オレのこと、ベッドに寝かせてくれたのか。風呂で上せたからあんま記憶ないけど。服着せるの大変だったろうに。しかも、わざわざ寝相悪いオレを壁際に寝かせてくれたらしい。
 変なところでお人好しな人だ。オレがこのまま伊部さんの財布とか持ってたらどうするつもりだろ。
 恨まれてる人間を、簡単に休ませるなよな。
 呆れて溜息吐くと、伊部さんがなんかむにゃむにゃ言ってにやにや笑い出した。怖。夢の中でも幸せそうだな、この人は。
 …千博さんの夢でも見てんのかな。
 そう思って一人で拗ねていると、伊部さんが右腕を伸ばした。空を切ってぱたりとシーツの上に落ちる。
「…待て…」
 眉を寄せて様子を伺うと、伊部さんが何かを抱っこするように腕を曲げた。

「……悪かったよ……成田…」

 ――オレ?
 どきっとして顔を上げると、伊部さんが笑った。
「いたい…蹴るな…」

 ど、どんな夢!?オレに笑いながら蹴られてんの!?どんな状況!?
 オレが怯えていると、ようやく伊部さんが起きた。伸びをして欠伸を一つしてから、ようやくじっとその様子を見ていたオレの視線に気づいたようだった。
「あれ?起きてたのか?」
「何の夢?」
 挨拶もナシで気になる内容について尋ねると、伊部さんが首を傾げたまま言った。
「……お前に怒られる夢?」
「怒られる夢…」
 怒られて笑ってんのか。変態かこの人は。いや、忘れてた。変態なのだった。
 オレが呆れて大きく息を吐くと、伊部さんがベッドの上で胡坐をかいて、じっとオレの方を見て言った。
「…そういや最近見るの、お前の夢ばっかだわ」
「え…」
 何故か心臓が大きく鳴る。オレはそれを押さえつけるように、無意識にTシャツの胸の辺りを握っていた。
「よっぽど怖がってんだな、俺。お前に怒られること」
 あははと明るく笑う伊部さんに、オレは枕を投げてやろうかと思った。
 伊部さんが笑い声を萎ませて、ぼそりと言う。
「…怒られるような、酷いことばっかしてるもんな、お前には」 
 枕を投げようと振りかぶった腕を下ろして、オレは俯く伊部さんを見た。
「昨日だって、余計なことしちゃったみたいだし」
「…アレは、オレも勘違いして…」
「何と勘違いしたんだよ?」
 伊部さんが顔を上げた。純粋な疑問にようやく辿り着いたらしい。そして改めて尋ねられて、今度はオレが俯く。
「…彼女、紹介されたと思って…」
「…普通、喜ばねえ?」

 そうだよ。普通だったらな。
 でも、残念ながらオレは、もう普通じゃない。分かってる。それが、この人の所為だってことを認めたくなかっただけだ。

「…今は、女どころじゃねえから」
「…あ、そうなんだ…」
 気まずい沈黙が流れる。
 オレは伊部さんの横を通り過ぎてベッドから下りた。
「帰る。服、洗濯して返すから、借りてくな」
「なあ」
 伊部さんがオレの背中に声を掛ける。オレが振り返ると、伊部さんがベッドから下りていた。
「うなされてたみたいだけど、お前はどんな夢見てたんだ?」

 一瞬悩んだが、素直に答えることにした。にっこり笑って言ってやる。


「伊部さんの夢」


 伊部さんが複雑な表情を浮かべる。
 ざまあみろ。


 いつか、うなされないような、笑えるような夢が見れる日も来るかな。
 そしたら、そん時は、準主役に任命してやるか。






<END>







テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学


 オレが中一の時、二年で生徒会長を務め、数々の校則を見直して改善させ、後々語り継がれることになるだろうとても優秀な先輩がいた。中学生とは思えないくらい大人っぽくて、当時悪さばかりして遊んでばかりいたオレは、その先輩に密かに憧れていたのだ。
 先輩が桜飛大付属を受けるという情報をゲットしたオレは、中学三年の一年間は偏差値を上げることに必死になった。猛勉強を始めたオレを見て、とりあえず付き合っていた女子らは勿論、友人らさえオレに何かが乗り移ったのではないかと噂した。彼らを尻目に、オレは見事、付属校入学を果たした。
 やっと先輩に近づけると思ったものの、先輩はオレなんかの手の届かない人になっていた。


 先輩の眼中に、オレなんか写ってないってのは分かっていた。だから、なんとかこっちを見て欲しくて、オレはとある委員会に入ることにした。
「掲示板見たんですけど、治安委員ってやつ。誰でも入会可能なんですか?」
 放課後を待って、噂の3年2組の教室に足を踏み入れた。窓際で女子生徒の熱い視線をスルーした美青年を発見。入り口からでも感じるやけにキラキラとした派手なオーラを跳ね除けながら、オレはなんとかその人に近づいた。オレの台詞に、放課後治安委員会を立ち上げた張本人、名越一葉が顔を上げた。
 唐突なオレの質問に戸惑うことなく、爽やかで無駄に美しい笑顔を浮かべて、彼が答えた。
「無論、宇都宮法に憤りを感じている者ならば、どなたさまでも大歓迎だ。希望者かい?」
 大きく頷いてみせると、彼が席を立った。
「ふむ。2年3組の七尾真澄くんだね。うちのクラスにも噂は届いている。無類の女好きだとか」
 どうやらオレに関しては、ろくな噂は流れないようになっているらしい。まあ事実なので否定はしないけど。
 手の届かない人に憧れるからこそ、その報われない想いを別の場所で発散させるのは、多分オレ独特のシステムなのであって、それを他人にとやかく言われたくないのだが、どうやら他の人には奇異に、そして不愉快に映るらしい。
 構わず名越先輩が続ける。
「ということは、女子生徒に関してはかなりの情報網を有していると捉えても構わないのかな?」
「…多分、うちの男子生徒の中では一番だという自信があります」
「ほう!それは頼もしい!歓迎するよ、七尾くん!」
 名越先輩が力強く握手を求めてきた。オレはにっこり笑って握り返した。

 よし、これで憧れの先輩に一歩近づけた。
 心の中でガッツポーズを作っていると、突然教室の扉が大きく音を立てて開いた。

「ごきげんよう!名越一葉さん!どうかしら?治安委員のメンバーは揃って?」

 お供を連れて堂々と登場したのは、かの先輩だった。 
 オレの中学の歴史を塗り替えた、初の女子生徒の生徒会長。
 宇都宮楓先輩。

 突然の憧れの先輩との接触に、オレは言葉を失って彼女を見た。
 この世に生まれてきてはいけないような美形と評される隣の名越先輩よりも、オレにとっては彼女の方が美の女神に愛されて生まれたんだと思う。
「今更宇都宮法を覆そうったって無駄ですわ!ここの生徒は皆私の虜…もとい私の信者ですもの。男子生徒でさえね」
 ちらりと彼女がオレの方に目線を寄越した。それだけで卒倒しそうになるのを、必死で留めた。倒れたら勿体無い。せっかく、こんな間近で拝めるのに。
 何とか根性で耐えていると、宇都宮先輩が訝しげにオレを見つめながら尋ねた。
「…そちらの生徒は?」
「2年3組の七尾真澄です!たった今、治安委員に入会しました!!」
 オレが勢い込んで答えると、彼女は驚いたように大きな瞳を見開いた。
「…本気なの?」
「はいっ!!よろしくお願い致します!!」
 オレが大きくお辞儀すると、彼女は常備しているらしい扇子で口元を覆った。どうやら溜息を吐いたらしい。
「…噂には聞いているわ。女子生徒内で有名なようね、あなた」

 知っててもらえた!!
 オレはそれだけで飛び跳ねそうになった。一気にテンションが上がる。
 が、彼女の次の一言で、それは地中深くにまで落ち込んだ。

「風紀を乱している張本人が、治安委員だなんて可笑しな話ね」

 嘲るような言い回し。
 いや、これは分かってたけど、直接本人に言われるのはキツイ…

「男子生徒の学校生活に制限をかけるようなルールを拵えた人にそんなこと言えるんですかね」

 さらりと言い返したのは名越先輩だった。
 オレは思わず彼を見た。
「その内、ぎゃふんと言ってもらいますから。待っててくださいね」
 人々が見惚れるような笑顔を浮かべて、更にウインクまで上乗せしたお陰で、宇都宮先輩は顔をびっくりするくらい赤くさせて、お供を引き連れて教室を出て行った。
 名残惜しげにその姿を見送ると、隣の名越先輩がオレの方に顔を向けた。
「というわけで、指令だ、七尾くん。今から君の友人一人委員会に入ってもらいたまえ」
「……指令じゃなくて、恐喝じゃないすか」
 オレがじろりと先輩を見遣ると、彼は自信満々な表情を浮かべていた。
「宇都宮女史をぎゃふんと言わせるためだ。君も彼女のそんな表情を見てみたいと思わないかい?」
「思います」
 彼女の表情ならば、どんなものだろうと見逃したくない。
 即答すると、彼はにやにやして言った。美形だとにやにやしていてもいやらしく見えないから得だな。
「なに、諦めることはない。今年の一年に彼女のいとこが入学してくるらしい。その子を引き入れれば、彼女の弱みを握ったも同然だ」
「いとこ?」
 彼女似の美人だといいなとぼんやり考えていると、名越先輩がオレの方を覗き込んできた。

「手を出してはいけないよ」
「…そこまで飢えてませんよ」

 多分。
 
 
 そしてオレは、親友の三嶋を無理やり生物室に引きずり込んだ後、入学式に噂のいとこを探すこととなった。入学式では、宇都宮先輩の姿も拝めたし、言うことなしだったのだが、結局どれがいとこなのかは分からず仕舞いで、後ほど名越先輩に『バカっ』と頭を小突かれた。
 そんで結局入ってきたのは、薬屋の近澤。どことなく、彼女に似てる気がするのだが、多分、違うよな。男だし。
 時々見せる表情がどうも宇都宮先輩とだぶるのだが、ましてや彼女よりも接触が多い分、意識してしまうとか言うことは多分これは誰にも話していけないことだと思うので、この話はここで終わっておく。
 









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「100万円あげるから、僕の養子にならないか?」
「なりません」

 おれがきっぱり断ると、彼は残念そうに溜息を吐いた。
 信号が青に変わったのを見て、ゆっくり車を発車させる。正面を向いたまま、淡々と話す。
「では君が高校を卒業したら、僕と一緒に住んでくれるか?」
「……お言葉ですけど」
 おれは隣で真剣に運転しながら真剣に言葉を継ぐ河原塚さんを見た。
 彼が横目でおれを見遣って尋ねてきた。
「何だ、由良川保」
 出会ってから10年以上経っても、河原塚清汰はおれのことをフルネームで呼んでいた。きっちりとスーツを着こなし、れっきとした社会人となったはずなのだが、やはりどこかずれた言動を繰り返す彼に、現在おれはストーカーされている。
 今日も学校帰りに拉致られた。そして家まで送ってくれるというので、暴れるのを止めて大人しくしていると、先程の問題発言が飛び出したのだった。
「それはどういう意味ですか?あんたは友人の弟と同居する癖でもあるんですか?」
「そんなはた迷惑な癖は持ち合わせていない」
「では養子の話は?足長おじさんにでもなるつもりですか?」
「…相変わらず冷たいな君は。兄そっくりだ。どうやら10年前の約束を忘れてしまったようだな。しかしそれは仕方がない話だ。何せ君はまだくそ生意気な幼稚園児だったのだ。覚えている方が恐ろしいがな」
「約束?」
 何の話だろう。おれが首を傾げると、河原塚さんが少し笑んで見せた。でもそれはちょっとだけ寂しげに見えた気がした。
「本当に図書館の前まででいいのか?」
 気がつくと、おれの家からほんの100メートルばかり離れた図書館の前に車が停められていて、河原塚さんが尋ねてきた。おれは慌てて頷いた。
「はい。ありがとうございました…」
 不本意ながらも送ってもらったので素直に礼を言ってドアを開けて降りると、運転席から身を乗り出して、河原塚さんが声を掛けてきた。
「明日も迎えに行っていいか?」
 おれは立ち止まって振り返った。
「…嫌ですって言っても来るんでしょう?」
 おれの質問に、河原塚さんがにやりと悪巧みをしてそうに笑う。
「何度でも来る。君が約束を思い出すと話は早いのだが」
「教えてくれないんですか?」
「君が思い出してこそ、価値も意味もあるのだろう。明後日は休みだろう?君の行きたいところに連れていってやる。考えておけ」
 偉そうに言い放って、おれの返事も待たずにさっさと去って行ってしまった。
 前から思ってたけど、変な人だ。

 兄の光には、前々から、『河原塚氏に近づくな。もしも奴が来たら即逃げろ、背中は見せるな』と教訓のように言われていたのだが、彼はめげずに何度もおれに会いに来た。小学校の時は、よく一緒に遊んでもらっていたのだが、中学に上がって部活に入るようになるとおれも忙しくなり、友人との付き合いもあったので、河原塚さんとは遊ばなくなった。
 高校に入ってようやく学校生活も落ち着いてきたかなと思った矢先、高校近くのコンビニで、時間を持て余した様子のスーツ姿の河原塚さんと再会した。彼はおれが毎週木曜と金曜の放課後にこのコンビニを利用していることを知っていて、最初おれはやばいと思ったのだが、仮にも兄の友人だし無下にする訳にもいかんだろうと思い、その後、何故だか待ち合わせのようにコンビニで会ってそのまま別れていたのだが、最近はとうとう家まで送ると言い出し、おれはそれは光にバレたら大変なことになると思ったので丁重にお断りさせて頂いていたのだが、河原塚さんはやっぱり送ると譲らず、おれが走って逃げようとすると無理やり追いかけてきて車に乗せられ送ってもらうということを1ヶ月くらい繰り返していた。
 そして今回、冒頭の養子発言を受け、やはり河原塚清汰は変態説を肯定せざるを得ない状態となったことをご理解頂きたい。
 
 河原塚さんと明後日遊びに行く、なんて光に知られたら大変なことになりそうだなと思ったので、おれはそれを内緒にしておくことにした。
 行きたいところか…どこにしようかな。

 遠足の前日のように、妙にわくわくしている自分に気づき、おれは慌てて家に向かって駆け出した。









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 光の目を盗んで、こっそり玄関を出ようとしたところ、丁度トイレを終えた光がこちらに顔を覗かせた。
「保、どっか行くのか?」
 しゃがみ込んでスニーカーを履いていたおれは、ぎくっと体を強張らせてゆっくり振り返った。爽やかに笑ってみせる。
「友達と遊びに」
「…ふーん。最近学校帰りも遅いけど、もしかして…」
 光が怪しむような目線をおれに投げかけてきた。
 おれが小さい頃から母親が働きに出ていたため、自然、光はおれの親代わりとなっていた。幼稚園の送り迎えもほとんど光がしてくれていた。だからか光はやたらとおれの素行や交友関係に目を光らせてくる。
「誰かと会ってるんじゃないだろうな?」
 光の指す『誰か』とは、当然限られている。幼稚園の送り迎えをしてくれていた頃、河原塚さんと共におれはちょっとした事件に巻き込まれた。それ以来、どうも河原塚さんはおれのことが気に入ったらしく、光はそれを快く思っていないのだ。
「違うよ。おれだってもう高校生だぞ?光心配しすぎ」
「心配するっつーの!お前を狙ってるのはあの河原塚清汰だぞ!?あの野朗、戯言を常に全力で実行する男なんだぞ!?よもや10年前の口約束なんかを真に受ける男なんだぞ!?」
「…口約束?」
 河原塚さんも言っていた『約束』だが、どうやら光にも心当たりがあるらしい。
「約束って、なんの話?」
 おれが眉を寄せると、光が答えに詰まった。
「…いや、お前は何も気にしなくていい。河原塚氏にもおれから言っておくから。お前は健全な高校生活を送れ」
 以上、とでも言いたげに光が部屋に戻ろうとするのを、おれはその背中に声をかけた。
「約束はきちんと守りましょう」
 おれの言葉に、光が足を止めた。おれは続けた。
「晴大せんせがおれに教えてくれた。約束はきちんと守らなきゃいけないって。晴大せんせの教えでも、背かなきゃ駄目なのか?」
 光が振り返る。大きく息を吐く。
「…時と場合に因る」
「友達との約束は破ってもいいのか?」
「…約束の内容に因る」
「内容って、なに?」
 おれが真っ直ぐ兄を見つめると、観念したように光が尋ねてきた。
「…本当に河原塚氏と会ってないんだな?」
 おれが頷くと、ようやく光が重い口を開いた。





 休日のためか、いつものスーツ姿ではなく、ラフな格好で現れた河原塚さんは年齢よりも若く見えた。待ち合わせ場所の児童公園前に綺麗なブルーのミニバンに乗って現れたとき、不覚にもちょっと緊張している自分に気づいて焦った。
 ドアを開けて乗り込むと河原塚さんがいつもと変わらぬ淡々とした口調で尋ねてきた。
「行きたい場所は決まったか?」
「…水族館」
「よかろう」
 にやりと笑って車を発進させる。おれはその横顔を見つめた。
 割と男前なのに残念な人だ。その言動から友人が少ない。だからおれや光が付き合ってあげないと駄目なんだろうと思うんだけど、光は近づくなっていうし。…まあその理由も聞いたけど、でもなぁ、ちょっと本気にするには現実離れしてるっていうか…
「何故水族館なんだ?」
「本当は海に行きたかったけど、まだ泳ぐには早いし」
「僕も水族館にはよく行く」
 意外な台詞に、おれは目を瞠った。
「そうなのか?」
「あそこはいるだけで腹が満たされる気がするからな」
「…食用じゃないよ。鑑賞用だよあれ全部」
「知っている」
「…一人で行くの?」
 おれがそう尋ねると、河原塚さんがちらりとおれに視線を寄越した。
「気になるのか?」
「…大の大人が一人で水族館って悲しいじゃないですか」
「じゃあ君が付き合ってくれるか?」
「彼女と行けばいいじゃないですか」
 おれがそう切り返すと、河原塚さんが低く笑った。
「そうだな」
 ――あれ?
 否定、しなかった。
 おれは何となく呆然としてしまった。だって、養子とか一緒に住むとかいうから、てっきりそういう意味だと…
 つか、おれのまるっきり勘違いだったってことか?彼女いるんじゃん!なんだよそれ、おれすげー恥かしいじゃん!
 おれが恥かしさのあまり黙り込んでいると、河原塚さんがおれの方に声を掛けた。
「少し距離があるからそこのコンビニで飲み物など買ってくるといい」
 河原塚さんがコンビニの駐車場に停車させると、おれは黙って車から降りた。


 水族館についてもおれはもやもやしていた。
 だって、普通そう思うよな、こんなわざわざ休みの日まで誘ってくるんだし、ちょっとは期待するじゃん………って、いやいやいや!!期待ってなんだよ!!
 一人ツッコミしていると、館内で一番大きい、ジンベエザメのいる水槽の前で河原塚さんが口を開いた。
「これは流石に食欲は湧かないな」
「そうですか」
「元気がないな、由良川保。せっかく目玉のサメが悠々と泳いでいるんだ。もっと感動してみてはどうだ?」
「してるよ充分」
「表情に出ないのだな。昔はもっと表情豊かだったのに」
 昔のことを持ち出されても、おれは覚えていない。おれが黙っていると、河原塚さんがお土産コーナーを指して言った。
「兄に土産を買っていってはどうだ?」
「…買いませんよ」
 買っていったりなんてしたら、誰と水族館に行ったかと根堀葉堀聞かれるに決まっている。その言い訳を考えるのが面倒くさくなって、おれは土産コーナーをスルーした。そのおれの後を、河原塚さんがゆっくりついてくる。
「では僕が買っていこう」
「なんで!」
 おれは思わず突っ込んだ。
 この人、気づいてないのか?光に敵視されてることを。
「大事な弟君をお借りしたのだからな。お礼せねばなるまい」
 土産コーナー内のパズルコーナーで吟味し始めた彼を放って、おれはさっさと出口に向かった。


 水族館の外のベンチで座って待っていると、水族館のロゴの入った袋を持った河原塚さんが現れた。ベンチに腰掛けたおれを見つけて、その紙袋を突き出した。
「土産だ」
 眉を顰めて河原塚さんを見ると、彼はおれに袋を預けておれの隣に座った。
「いりません。光に怒られるし」
「君にだ。今日付き合ってくれたお礼だ」
 そう言われてしまっては仕方ない。おれは渋々受け取ることにした。
「開けてみてはどうだ?」
 促されて紙袋を漁ると、ジンベエザメのストラップが出てきた。二つ。
「一つは光にやるといい」
「…河原塚さん」
 おれは隣の、偉そうな口調の割に人の好い兄の友人を見つめた。
「約束のこと、光に聞きました」
「そうか」
 驚くでもなく、彼が頷いた。
「光は反対していただろう」
「おれが兄でも止めます。そんな無茶な約束」
「君は…」 
 河原塚さんがおれの方に向き直った。
「君は約束の内容を知ったのに、僕に付き合ってくれたのか、今日一日。兄同様、お人よしに育ったものだな。いや、兄の育て方が良かったのか」
「あんたは」
 おれが今日ここに来て、河原塚さんに付き合ったのは、彼の真意が知りたかったからだ。

「本当に、約束を守る気があるのか?」
「あるさ。だからここにいる」

 即答に、おれは目を瞠った。彼が続ける。
「君は兄思いの良い子だ。それを僕は昔から見続けているから知っている。光と交わした約束は、最初は本当に冗談のつもりだった。でも、それが段々冗談に思えなくなってきた。流石に僕も11も下の同性相手に恋心を抱くとは思いもよらず、全く人生何が起こるかわからな…」
「ちょ、ストップ!ストップ!!」
 おれは慌てて淀みなく続けようとする河原塚さんの台詞を止めた。
 彼がきょとんとした様子でおれを見つめる。
「なんだ、由良川保」
「こい、ごころって…」
「なんだ16にもなって恋心も知らないのか。他人に対する恋しいと思う気持ちを指す言葉で、それは後に愛情という…」
「いや!恋心の意味を聞いてるんじゃなくて…」
「なんだ?」
 じっと見つめられ、おれは無意識に頬が火照るのを感じた。なんだか心拍数も上昇する。


「…約束だから、とかじゃないってこと?」


「約束じゃなくても、君に会いに来たさ」


 河原塚さんが、おれの方を見て柔らかく微笑んだ。その笑顔に、心臓を撃ち抜かれた気がした。
「光と晴大先生が上手くいけば、僕が保を貰いにいくという約束。光が心配するのも分かる。何せ彼は、同性である晴大先生に片思いしていたわけだし、付き合う大変さもよく分かっている。自分と同じ辛さを君に味合わせたくなかったのだろう」
「…でも、あんたさっき彼女と水族館来るって…」
 河原塚さんがおれの言葉に首を傾げた。
「そんなこと言ったか?」
「言ったよ!おれが彼女と行けばって言ったら、『そうだな』って!」
「なんだ。それを聞いて機嫌が悪かったのか」
「な…!」
 図星を言い当てられ、動揺してしまったおれを見て、河原塚さんが突然おれの手を握ってきた。ぎょっとするも、徐々にそこから熱が伝わる。恥かしくなって、おれは慌ててそれを外そうとした。が、構わず彼が続ける。
「僕の彼女になってくれないか」
「無理!!」
 おれが力強く否定すると、河原塚さんが眉を顰めた。
「何故だ」
「彼女は、無理」
 おれが首を振ると、彼はおれの弱い笑顔を浮かべた。
「そうだな。彼女は無理だな。訂正しよう」
 河原塚さんが真っ直ぐおれの目を見て言った。


「僕の恋人になってくれないか」 


 おれは深呼吸するように、大きく息を吐いた。
「保?」
「…始めからそう言えばいいのに…」
 まどろっこしいことばっか言いやがって。
 養子とか、一緒に住むとか、約束とか、そんなんいらなかった。ただ単純に、こう言って欲しかったのか、おれ。


「まずはお友達からでいいですか?」


 おれがそう聞くと、河原塚さんは一瞬面食らったような表情を見せた後、ふっと柔らかく笑んだ。
「構わん。10年待ったんだ。それくらい、耐えてみせるさ」
「本当に…?」
 おれが疑念に満ちた目を向けると、珍しく河原塚さんがうろたえた。


「……僕が我慢できなくなったら、その時は覚悟してくれ」


 正直な答えに、おれは思わず吹き出してしまった。

















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 保健室のベッドの上で、俺は天敵佐久間と向かい合って正座していた。ベッドの上だからと言って誤解しないでほしい。俺はちゃんと服着てるし、勿論佐久間も着衣は乱れていない。

「じゃあ、二回戦、始めていい?」

 佐久間がにやにや笑って言う。
 俺との勝負に勝ってご満悦なようだ。



 鬼ごっこ勝負により、俺は佐久間に負けた。よって俺は彼の言うことを何でも聞かなければならなくなった。
 当然の成り行きと言うか、佐久間は俺を保健室まで引っ張ってきて、ベッドに押し倒そうとした。
 俺は急いで、俺を見下ろす佐久間の顎を押さえ込んだ。
 すると佐久間が心外だというように呟いた。
「……何するんだよ」
「こっちの台詞だ!!無言で押し倒すな!!怖いわ!!人生で一番怖いわ!!」
 俺が青い顔で大声で喚くと、佐久間が俺に顎を押さえ込まれたまま言った。
「やらせろ」
「直球過ぎだろ!!!」
「じゃあキスさせろ」
「無理ーー!!」
「おい、約束と違うぞ。オレの言うことなんでも聞くんだろ?だからオレめちゃくちゃ走ったのに。たんこぶ作ってまで頑張ったのに」
 あのまま頭を打って、ずっと目覚めなければ良かったのに…
 俺が目を逸らして唸ると、佐久間が俺の心を見透かしたように言った。
「…そんなに嫌か?」
「……う…」
 うんと言いたかったが、佐久間が真剣な表情をしていたので、思わず詰まってしまった。
 そんな俺の様子を見た佐久間が、少し体を離した。俺はほっとして彼を見上げた。つーか、こんな近くで見たの初めてだったので、妙に照れ臭い。
「…よし。じゃあもう一度チャンスをやる」
「チャンス?」
 思いがけない展開に、俺は目を見開いた。上半身を起こし、ベッドの上で正座した佐久間に見習い、俺も慌てて正座した。
「これが最後だ。もう後はない」
「う、うん」
 よもや佐久間からこんな提案してもらえると思っていなかった俺は、何度も頷いた。なんか知らないけど助かった。これで勝てば、この状況を打破できるかもしれない。
 佐久間が言った。
「ヤマトが勝ったら、今回の勝負は無効にする。でも、オレが勝ったら…」
「…勝ったら…?」
 佐久間がにやりと笑んでみせた。
「黙ってオレの言うこと聞け。拒むのもナシな」
 …このまま黙ってやられるよりは、少しの可能性にでも賭けてみたい俺はすぐさまその条件に乗った。
「よし。勝負方法は?」
「あっち向いてホイ」
 ……あっち向いてホイで俺の貞操が奪われるか否かを賭けるのか…
 仕方ない。今の俺は勝者佐久間に従うのが懸命だろう。
「一回勝負な」
「よっしゃ、こい!」
 俺はベッドの上で正座して拳を鳴らした。










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 俺が大きく息を吸い込むと、佐久間が軽く拳を振った。
「じゃあ、いくぞ。最初はグー、じゃんけん」
「ほいっ」
 勢いよく差し出すも、お互いパー。改めまして。
「あいこでしょっ」
 俺がチョキ、佐久間がパー。勝った!
 俺は身を乗り出した。
「あっち向いて…ほいっ」
 俺が左を指すと、佐久間はさっと下を向いた。
 くそっ!憎たらしい!
「じゃんけんほい!」
 佐久間がチョキを出した。俺はパー。
「あっち向いてホイっ」
 佐久間が上を指した。俺は右を向く。良かった。セーフ。
 佐久間が悔しそうに舌打ちする。
「続けるぞ、じゃんけん…」
「ほいっ」
 俺も佐久間もグーを出した。続けて、二人ともチョキ。
「しょっ」
 今度は俺がグー。佐久間がパー。
 くそまた負けた!
「あっち向いて…」
 佐久間が勢いよく左を指した時だった。


「先生ー、いるー?」
 ガラッと大きな音を立てて入ってきたのは、見知らぬ生徒だった。ベッドの上で向かい合って正座している俺たちを見て、野球部のユニフォームを着たその生徒は、一瞬固まった。
 俺は勿論、佐久間もそのドアの方を指差したまま固まる。
「…何をしてるの君たち。ベッドの上で正座して…」
 ユニフォームの生徒が訝しげに俺と佐久間を交互に見る。俺と佐久間は慌ててベッドから下りた。
「いえ。お気になさらずに!保健医ならすぐに戻ってくると思います!」
 そう言って、そそくさと保健室を後にした。



 6時を回り、人の気配の薄れた廊下を、俺と佐久間は並んで歩いた。
「くそ、邪魔が入ったな。どうする?教室で続きするか?」
 俺が隣の佐久間を見上げると、佐久間が何言ってるんだという風に俺を見下ろした。
「さっきのはオレの勝ちだろ」
「――はあああ!?」
 俺が思いっきり声を裏返すと、佐久間がうるさそうに耳を塞いで眉を寄せてから言った。
「ヤマト声でかい」
「なんっでお前の勝ちなんだよ!?最後のは無効だろ!?」
 俺が佐久間の胸倉を掴んで怒鳴ると、佐久間がのほほんと言った。
「だってじゃんけんはオレが勝ってたし、指差した方に向いてたじゃん、ヤマト」
「あ、あれは人が来たからつい…!」
「一回勝負って言ったよな?」
 にやりと佐久間が片頬を上げて笑む。そして、佐久間の胸倉を掴んだままの俺の手首を捕らえると、そのまま拘束した。俺はぎょっとして体を離そうとしたが、それより早く佐久間が上半身を屈めてきた。
 
 ――キスされる。
 
 咄嗟に俺は顔を背けて目を閉じた。
 が、ちっとも衝撃が来ない。不審に思い、ちらっと片目を開くと、佐久間の顔がすぐ傍にあってぎょっとする。俺が身を引くより前に、佐久間が顔を寄せた。
「―ぅわッ…!」
「ヤマト…」
 思ったよりも優しく抱きしめられる。
 つか、ここ廊下なんですけどっ!?
 降参というように、俺は佐久間の背中を手でぱたぱた叩いた。
「ちょ、待て!佐久間!一回ちゃんと話し合おう!な?」
「話したろ。何回も何回も。オレが一方的にだけど」
 ぎゅっと力を込めて抱き締められて、俺は息苦しくなってきた。自然呼吸が浅くなる。恥かしい。誰か来たらどう言い訳すんだよこの状況。
 構わず佐久間が俺の耳元に囁く。


「好きだ」













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 静まり返った廊下で、佐久間の低い声が響いた。
 誰でもいいから今すぐここ通りかかれ、という俺の願いは、叶えられそうもなかった。
 昼間は生徒が走り回る場所で、同性の同級生に抱きしめられ告白されるという現実離れした状況に、もうこのまま気失ってしまおうかなどとぼんやり思いついたものの、いや今ここで気を失ったら佐久間の思うツボじゃんっと思い直した俺は、慌てて佐久間の胸を押し返した。
 佐久間が、俯いて腕を突っ張った俺を見下ろす。
「――ヤマト」
 俺が俯いたまま首を横に振ると、佐久間が深く息を吐いた。俺の二の腕を掴んだまま、問う。
「…そんなに…オレのこと、嫌い?」
 俺はゆっくり口を開いた。
「……嫌い……」
 佐久間が息を詰めたのが分かった。俺は続けた。
「…では、ない」
「じゃあ…」
「でも、そういう好きでもないんだよ。お前と喋ってると楽しくて、時々バカ過ぎて笑えるし、しょうがねえなって思う時もあるけど、俺は友達として、佐久間と付き合っていけたらベストだと思ってんだ。…そんな、急に恋愛対象でなんて見れない」
 俺が正直な自分の気持ちを打ち明けると、佐久間が突然両手で俺の顔を挟み込んで上を向かせた。がっちり目線が合わされる。目を逸らしようのない事態に、俺は慌てた。佐久間の手首を掴んで退かせようとしたが、ぴくりともしないのがより腹立たしかった。
「は、離せ…!」
「さっきの勝負、覚えてる?」
 佐久間の冷静な言葉に、俺はぎくりと体を強張らせた。
 佐久間が静かに言った。
「…守れよ、約束」

 約束。
 佐久間が勝ったら、俺はこいつの言うことを何でも聞かなければならない。

 あの鬼ごっこを思い出す。
 佐久間は貴重なチャンスを無駄にして校内放送で俺に告白し、俺に騙されて北校舎に入り込み、俺のいる東校舎の窓目掛けて突っ込んできた。
 俺からすれば、無謀というかアホの一言に尽きる。
 勝負の間も、佐久間は勝敗のことよりも何よりも、『俺』目掛けて突っ走っていたのだ。
 そして最後の最後で、俺は窓を開けてしまった。後悔はしてない。
 だってあの時は、本当に、佐久間が怪我するのだけは見たくなかったのだ。


「―――わかった」
 俺が低く答えると、佐久間が目を少し見開いた。
「…俺も男だ。約束は守る」
「ほんとに?」
「ああ。嘘吐いてどうする。もう腹括った。なんだ?何が望みだ?言っておくけど、一個だけだぞ」
 俺が念を押すと、佐久間が嬉しそうに笑った。こくこくと何度も頷くと、あっさり言った。
「じゃあキスしてくれ。ヤマトから」
 俺はにっこり笑った。
「……………なんてった?」
「キスしてくれ」
「………俺から?」
 佐久間が尻尾でもあったら振りそうな勢いで、うんうんと頷いて見せた。
 俺が引き攣った笑みを浮かべていると、佐久間が俺の顔から両手を離した。ぱたっと気をつけの姿勢で俺を見下ろす。
 え?なに?マジで?つか予想外過ぎて頭ついていかないんですけどっ。いつもやらせろとか言うから、てっきりそういう系かと…。いやキスで済むんならラッキーだけど。いやいや、ラッキーじゃねえよ。まだマシだって話だよ?でも俺からって…。
 俺が思いっきり困惑していると、佐久間が突然カウントダウンを始めた。
「はい、10、9、8…」
「え、ちょ、待て!!なに?何数え出してんだよっ!!?」
「なーな、ろーく、ごー、よーん…」
 あああ、どうしようどうするどうしよう?!
 頭を抱えて悶えてる間にもカウントダウンは止まらない。のんびり数える佐久間に腹を立てた俺は、奴の胸倉を掴むと、ぐっと自分の方へと引き寄せた。
 ああ、くそ!!どうにでもなれ!!
 そのまま勢いに任せて佐久間の唇目掛けて顔を寄せた。
 佐久間が上半身を屈める。俺が勢いよく引っ張った所為で、俺の真後ろの廊下の壁に両手を突く。
 そっと唇を押し当てる。佐久間の唇は思ったより柔らかくて、思ったより熱かった。俺の中の神経が全部一箇所に集まったみたいに、敏感になった気がした。
 ゆっくり離れると、佐久間が間近で俺を見下ろしていた。満足そうな笑顔に、妙にどきりとする。
 佐久間が笑ったまま、低く呟いた。
「…もう一回」
「――はい?」
「もう一回して」
「…てめえ、調子に乗るんじゃ…」
 拳を突き出そうとすると、先に佐久間が動いた。俺の暴力に訴えかけた手首を捕らえると、後ろの壁に押さえつける。そのまま唇を押し付けられてゆっくり舐められた。
 ぎゃあぁ!!犬かこいつはっ!!
 驚いて目を見開くと、そのまま舌先で唇をこじ開けられた。生まれて初めての濡れた感触に体を竦ませると、佐久間が遠慮なく口の中を掻き回してきた。
「――んっ」
 ちゅうっと音を立てて長く吸われる。ぞくっと背中を何かが走った。気持ち悪いというよりももっと別な感じの。
 やばいと思って、佐久間の拘束を振り払い、彼の胸を押し返すと、手の平から佐久間の鼓動が伝わってきた。今にも飛び出しそうなくらい脈打つ鼓動に、俺は驚いた。
 佐久間、もしや緊張してるのか…?
 そのまま佐久間のシャツを握り締めると、佐久間が少し唇を離した。シャツを握り締める俺の手首を掴むと、微笑んで言った。
「…すげえ嬉しい」
「…嬉しい?」
 俺が眉を寄せると、佐久間が頷いて俺の額に自分の額をくっつけた。

「ヤマトが、オレの所為でドキドキしてるのが、すげえ嬉しい」

 …言われて気づいた。
 そっか、俺も緊張してるのか。佐久間に触られて、緊張するのか。

「もっともっともーっと、ドキドキしたくねえ?」

 調子に乗った佐久間が、にやにやして俺の耳を舐めた。
 が、俺は速攻拳を突き出した。見事、佐久間の顎にヒットした。
「いってええ!!」
「誰がてめえなんかにドキドキするかあっ!!」
「なんでだよ!?チュウだけであんだけドッキドキしてんだからヤったら絶対…」
「それ以上言ってみろ」
 俺は佐久間の頬っぺたを片手で抓み上げた。低く凄む。
「…ほっぺた捩じり切るぞ」
 俺の脅しに、ようやく佐久間が黙り込んだ。

「帰るぞ」
 溜息を吐いて俺が言うと、佐久間が抓られた頬を擦りながら慌てたように俺の後を追ってきた。
「なあ、オレのこと好きになってくれる?」
 必死な佐久間の訴えに、思わず笑いそうになる。
 どんだけ必死なんだよこいつは。
 俺がこっそり苦笑しているのに気づいていない様子で、佐久間がなあなあと話しかけてくる。
 俺は正面を向いたまま言ってやった。


「お前次第」


 どうせなら、心臓が壊れるくらい、ドキドキさせてみろってんだ。












<END>







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「…ちょっと動いてみろ」


「え…」


「ゆっくりでいいから」


「いや…、あの…無理です…」


「ほら、こっち体重かけて」


「いや、ちょ、怖」


「大丈夫だって。手貸すから」


「先生…」


「ほら、そっとでいいから、来い」


「………っ」


「…ほら、来れた」


「ごめんなさい…」


「いいっつの。後で掃除機かけりゃいいだろ。大きい破片は俺拾っておくから」


「すみません。明日同じグラス買ってきます」


「どうせ割るんなら、あと2〜3個買ってこいよ」






<終>








…すんません。特にオチなしで…。









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「一年後、保くんが卒園したら、俺は君を迎えに行きます」


 低く囁くような声。
 オレの大好きな笑顔。
 唇に触れた、親指の感触。

 
 一年なんてめちゃくちゃ長いよ。


 正直、待てるかーと何度も思った。晴大先生のことで頭がいっぱいになって、眠れない日も少なくなかった。
 保のお迎えに行く度に、先生に会う度に、先生の笑顔を見る度に、他のお母様方と話してるだけで、胸が苦しくなって、早く、早くってカレンダー何度も見つめてみたり、そわそわするオレに、保がぽつりと言った。

「りょうおもいなら、つきあえばいいのに」
 
 分かってるっつーの!!つか、お前に言われんのが一番腹立つわ!!!


 という、悶々とした日々を送り続けて早一年。
 そう、一年。
 今日は、待ちに待ちまくった、保の卒園式!!なのだ!!



 玄関で座り込んで靴を履く保を急かすように、オレは玄関先でそわそわして言った。
「早くっ!早くしろ保!遅れるだろっ!!」
「おくれないよ。まだ、そつえんしきまでいちじかんもあるのに…」
 保が口を尖らせるのを、オレは叱責した。
「バカっ!大事な大事な式典だぞ!?遅れたらどうする!?」
「ようちえんまで10分かからないのに…もういくの?」
「しかも光。あんた今日学校でしょ。保はあたしが送ってくから、あんたは早く行きなさい」
 廊下にひょっこり顔を覗かせた母ちゃんが、しっしっと追い払うように手を払った。オレは玄関先で沈み込んだ。

 …そう。そうなんです。この大事な今日に限って、実はオレは登校日なのだ。登校日っつーか、オレだけ補習なのです。

 ここ一ヶ月、保の卒園式が近づくのをわくわくして待ってたら、学年末テストで赤点を大量生産させてしまったのだ。
「なんでよりによって今日なんだろ…。そして赤点を取りまくったテスト前のオレを罵りたい…」
「そうだね。でもしかたないよ。光バカだもん」
「………」
 沈み込んだオレに追い討ちをかけるかのように、保がぽんっとオレの肩を慰めるように叩いた。
 卒園式に向け、きちんと制服を着こなした保は、小さい手をオレに向けて振った。
「じゃあね。そつえんしき、ごぜんちゅうまでだから。光おわったらくれば?」
「……そうする…」
 いってきます…と元気なく呟いて、ふらふらと家を出た。
 
 ああ、せっかく待ちに待った大事な日にお勉強って…オレのバカ!




 ていうかね、そんなわざわざオレのために補習なんてしてくれなくても、今日のオレは、頭に何も詰め込む気しないっての。
 はあ〜っと大規模な溜息を吐き出すと、先生に睨まれた。
「すっかり上の空のようだな、由良川。先生だってせっかくの休みにわざわざ学校に出てるんだ。もっと真面目に受けてくれないとやりがいがない」
「すみません」
 素直に謝ると、先生が言った。
「今日はうちの子の卒園式だったんだがな」
「え?そうなんですか?オレの弟も卒園式なんです」
「そうか。じゃあ早く終わらせて迎えに行ってあげなさい」
「はい。頑張ります!」
 オレは腕まくりをして、気合を入れ直した。

 よっし!頑張ろう!さっさと終わらせて、晴大先生に会いに行こう!!










 

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 教卓の前に立った先生が、教科書を閉じた。
「よし、じゃあここまで」
「ありがとうございましたー!さよーならー!」
 先生への挨拶と同時に鞄に教科書を詰め込んで席を立つと、尻ポケットに仕舞っていたケータイが震えた。廊下に出たと同時に通話ボタンを押すと、先生に怒られた。
「由良川!校内でケータイ禁止!」
「すんません!すぐ!一瞬で終わるから!」
 オレが振り返って言い訳すると、ケータイからあまり聞きたくない声が届いた。
「由良川光。君は今何をしているんだ?」
「か、河原塚氏!?」 
 なんで河原塚氏がオレのケータイに?しかも今春休み中なのに。オレが彼と絡む必要は全く無いはずなのだが。
「今日は保の卒園式だろう?なぜ君が出席していないんだ」
 ちょっと待て。
 オレは廊下の真ん中で立ち尽くした。
「なんでオレが卒園式に出てないこと知ってんだよ!?」
 嫌な予感満載で怒鳴ると、河原塚氏がぺろりと白状した。
「勿論、今日は大事な保の記念日だからな。僕が出席しないでどうする?いや、それにしても保の可愛さは異常だぞ。この可愛さを見ずして何を見ろと?」
「見なくていいよ!!つかお前父兄じゃないだろ!?何ちゃっかり参列してんだよ!?」
「いやはや、君とは将来義兄弟となる可能性もあるのだから、今の内にお義母上にもご挨拶をと思って…」
「妄想してんじゃねええ!!!」
 河原塚氏と義兄弟だと!?冗談じゃないっ!!
 オレがふーっと唸っていると、構わず河原塚氏が続けた。
「晴大先生もスーツ姿で、お母様方の視線を一挙に集めている。自分の子どもよりも先生を撮っている父兄も多いくらいだ。今丁度運動場で記念撮影が行われている。晴大先生引っ張りだこだぞ。早く来ないと誰かに持っていかれてしまうぞ。いいのかそれで君は」
「いいわけないだろ!!」
 オレは叫ぶと同時に、走り出した。

 お迎えなんて待ってられない。
 オレが行かなきゃ。

 待っててね、先生!



 学校から、最高記録の12分で辿り着いた。息も絶え絶えで、幼稚園の正門に寄りかかると、園内はいつもと違い、召かしこんだ父兄でごった返していた。正門前で記念撮影を行っている親子も多い中、運動場では、担任の先生や園長先生、仲の良い友達同士などでの撮影会が行われていた。
 先生。晴大先生はどこだ?
 オレが目を座らせて園内を見渡していると、教室から見覚えのある姿が駆けてきた。
「光〜!」
 保だった。幼稚園バッグには、貰ったらしいカラフルな花束が突っ込まれている。その彼の隣では、河原塚氏が春休みなのに制服で立っていた。正装のつもりらしい。
「遅いぞ光」
「なんでちゃっかりいるんだ河原塚氏!」
「代わりに僕が出てやったというのに、なんだその言い草は?」
「母ちゃんは?」
 オレは河原塚氏を無視して、辺りを見渡した。保が答える。
「あっちで翔くんのおかあさんたちとはなしてる」
 保が小さい指で示す方では、4、5人の父兄集団の中、母ちゃんが一番でかい声で笑っているのが見えた。
「あ、光くん。来てくれたのね〜。もう来ないのかなって心配してたのよ」
 背後から高い声を投げかけられて振り返ると、杏奈先生がベージュ色のスーツ姿で立っていた。いつもエプロンにジャージだから見違える。
「こんにちは!オレ今日学校だったんです」
「光あかてんいっぱいとったから」
 余計なことを言う保をどつくと、何故か河原塚氏が保を庇った。その彼の背後に隠れて、保がべーっと舌を出した。
 卒園しても可愛くないガキだ。
 保とオレが睨みあっていると、取り成すように杏奈先生が明るく言った。
「お母様方も光くんと会うの今日が最後だからって、惜しんでる方大勢いらっしゃったのよ」
「はあ」
 光栄というべきか、何か複雑なので、曖昧な回答しかできなかった。杏奈先生が続ける。
「でも一番寂しがってるのは晴大先生かもね」
「あ…」 
 そうだ。晴大先生。
 オレが視線を巡らせると、うさぎ組の教室の中で、園児に囲まれるスーツ姿の長身を発見した。泣いてくっつく園児らをあやしたり、背中に負ぶさろうとする園児をしっかり抱きとめたりと、最後の日まで晴大先生はモテモテのようだった。
 オレの大好きな、変わらぬ笑顔。
 その姿を認めただけで、オレの心臓がきゅうっと小さくなった気がした。
 杏奈先生がくすくす笑って言った。
「最後まで大人気ね。光くんも混ざってくれば?」
「え、あ、いや、オレは…」
「そうだ。行くがいい。そのために来たんだろう?」
「しゅやくのおれほっといってくれていいから、晴大せんせのとこいきなよ」
 河原塚氏と保両名の後押しもあり、オレは変に緊張して、うさぎ組の教室へと右手と右足を同時に出して歩き出した。













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 うさぎ組の教室内では、園児らの甲高い笑い声が響いていた。
 その教室の中央で、晴大先生がしゃがみ込んでいて、その周りを男の子たちが走り回っている。晴大先生の正面には、女の子三人が並んで座っていた。中央の子が先生に抱きついて泣いている。
「せんせいと離れるのやだー。しょうがっこう、いきたくない」
「せんせいミキのことお嫁さんにしてくれるってゆったのにー」
 にゃにい?
 嫁だと!?いつの間にそんな約束をっ!
 聞き捨てならんとオレが急ぎ足で、教室前のスノコの廊下に上がると、晴大先生がオレに気がついたようで、ようやくこちらを向いた。
 オレと目が合った途端、ぱっと眩しい笑顔を見せてくれた。それだけでオレは心不全を起こしそうになった。激しく鳴る胸を押さえて、教室に足を踏み入れた。
「光くん」
 杏奈先生と同じく、本日正装の晴大先生はきらっきらに輝いていた。いつもエプロン姿にジーンズだもんな。もう晴大先生のネクタイ姿を見れただけでも今日はいい夢見れそうな気分だ。
「こ、こんにちはっ」
 オレが大声で挨拶すると、先生もにっこり笑顔で返してくれた。
「こんにちは。今日は登校日だったんですね」
「はい。オレだけだったんですけど」
 緊張のあまり、言わなくていいことまで言ってしまった。
 オレと先生が会話しているのが気に食わないのか、晴大先生の正面に座る女の子たちが、先生のスーツの裾を引っ張って駄々をこね始めた。
「せんせい、しょうがっこうのせんせいになって」
「そ、それはちょっと…」
「ミキとけっこんして」
「いや、それも…」
「わたしのパパになって」
「いやぁ、それも…」

「だめだっ」

 ごねる女の子たちの背後で、一際大きい声が響いた。
 女の子たちは勿論、オレも、晴大先生も驚いてそちらを振り返ると、スノコの廊下の上で保が仁王立ちしていた。腕組みをして偉そうに踏ん反り返っている。女の子の内の一人が、保を見て口を尖らせた。
「なによう。保くん、かんけいないでしょ」
「かんけいあるっ」
 保が高い声で喚いた。そして、靴を脱いで教室に上がると、いきなりオレの手を取って、教室の中央で呆然としている晴大先生の目の前まで引っ張ると、今度は先生の手を取ってオレの右手と繋がせた。
 ぎょっとして保を見下ろす。先生も目を見開いて保を見下ろしている。女の子たちは勿論、教室中を駆けていた男の子たちも、立ち止まってオレたちの様子を伺っていた。


「晴大せんせは光のなんだよっ」



「ええ〜?」
「た、保!?」
「ずるいー。保くん、せんせいひとりじめしたいだけでしょ?」
「ちがう!ずっと前からやくそくなんだよ!やくそくは守らなきゃならないんだよ!」
 ね、先生というように、保が晴大先生を見上げると、呆然としていた先生が、ようやく我に返ったようだった。
「そうですね、約束はきちんと守らないと…」
 そう言って、オレの正面へと向き直る。
 真っ直ぐ見下ろされ、オレは恥かしさのあまり、思わず一歩退いてしまった。
 すると、保が、ぼんやりとオレと先生を見守る園児らを教室の外へと誘導していた。全員を連れ出すと、保が靴を履き直しながら、笑って言った。

「がんばれ、光」


 ――ああ。なんて心強い味方なんだろう。
 初めてオレは保に感謝した。

 そうだ。
 頑張らないと、オレ何のためにここに来たのか…


「光くん」

 オレが口を開く前に、晴大先生がオレを見下ろして呼んだ。
 オレが顔を向けると、先生が笑っていた。
 一年前と変わらぬ笑顔。気持ちも、あの時と変わってないって、信じてもいいのかな。
「はい」
 オレがゆっくり返事すると、晴大先生が困ったような笑顔を浮かべて話し出した。
「俺が君を迎えに行くつもりだったのに。先越されちゃいましたね」
「あ…」

 そう。一年前、先生はオレのこと、迎えに来ると約束してくれた。
 ――でも。

「すみません。待ちきれずに来てしまいました」

 素直に答えると、ぽんっと頭の上に手を置かれた。よしよしという風に撫でられる。他の園児らに対しても見受けられるアクション。一年以上も見てきたから分かってる。コレは、子ども扱いじゃないって。
 愛情表現でしょ?先生。

 オレが真っ直ぐ晴大先生を見上げると、彼がオレの頭を撫でていた手を、オレの右頬へと移動させた。ゆっくり頬を撫でられる。そこだけ熱を持ったように熱くなって、じわじわと全身へ広がる。鼓動が速くなる。一向に衰えを見せない。

 やっぱりオレは、晴大先生が大好きだ。


「晴大先生」


 オレが名を呼ぶと、先生が全開の笑顔で言った。


「俺は君のことが好きです」






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 奇跡が起きた。
 なんと、渚がテストで平均64点を獲得してきたのだ。

 夕方、制服姿の渚が店に飛び込んできた。
「祐…じゃない!店長ーー!!見てください褒めてください!!ついに俺やりましたよーー!!!」
 店の奥でシフト表と睨めっこしていた僕は、やかましく登場した渚を睨み付けた。
「うるさい。お前今日シフト入ってないだろ。何しにきたんだ」
 しっしと振り払う仕草をして見せると、渚がめげずに身を乗り出して、斜めがけバックの中を漁り出した。
「今日実力テストだったんです!!ほら!!見てくださいよ!!」
 ばんっとシフト表の上に広げられたテスト用紙。つい、目が釘付けになった。見たことのない点数のオンパレードに、僕は思わずテスト用紙を引っ手繰ってガン見した。
「……50点以上ばかり…」
「すごいでしょー?」
 えへへと自慢げに胸を張る渚。するとそのまま、何故だか僕の方に頭の天辺を見せ付けるように上半身を折ってみせた。
「なんだ?」
「褒めてくださいっ」
 撫でてっというように、頭を振る渚の頭頂部を、僕はおざなりに撫でてやった。
「はいはい。エライエライ」
 すると渚は不服だったらしく、頭を上げて、机の前で足を組んで座ったままの僕を見下ろして口を尖らせた。
「ちゃんと褒めてください。あ、ご褒美くれる約束でしたよね!?」
「……知らない。そんな約束したか?」
「しましたよ!!忘れちゃったんですか!?」
「誓約書はどこだ?」
「ありませんよそんなもん!酷い祐輔さん!俺こんなに頑張ったのに…」
 しゅんと縮こまる鬱陶しい渚を手早く追い出すためにも、僕は早々に観念することにした。ズボンのポケットから、家の鍵を出して渚に手渡す。
「わかったよ。じゃあ、先帰ってメシ作って待ってろ」
「え!?俺部屋入ってていんですか!?」
 尻尾が見える。渚の背後で、ぐるぐる回って見える。単純な奴。
 渚が大切な宝物のように、鍵を両手で握り締めて僕を見下ろす。
「じゃあ、美味しいご飯作って待ってるから!早く帰ってきてね、あなた」
「はいはいはいはいはい」
 僕は渚の広い背中を両手で押して、店から追い出した。他のバイトメンバーが、笑いを堪えているのが分かる。
 ああ、くそ。すっかり漫才コンビじゃないか。
 一応店の連中には、僕が渚の家庭教師を引き受けているという設定になっている。付き合う前から、渚は僕に懐いていたが、付き合った後も、前にも増して懐いてくる上、これはいつか絶対にボロを出すに違いないと踏んだ僕は、さっさと布石を打っておくことにしたのだ。
 が、この分だとせっかくの布石も無駄になりそうだ。
 大きく溜息を吐き、僕は飛び跳ねて帰る渚の後ろ姿を見送った。


 アパートに戻ると、エプロン姿の渚がうきうきした様子で、台所から顔を覗かせた。
「おかえりなさい!祐輔さん!」
 全開の笑顔プラス片手にはおたまという出で立ちで、渚が予想を裏切らない台詞を口にした。
「ごはんにする?お風呂にする?それとも、あ、た……しっ!?」
 最後の一音と同時に、僕は持っていたバッグを渚に投げつけた。
「いたいっ」
「ふざけたこと言ってんな」
 靴を脱いで上がると、渚が僕のバッグを持って後をついてきた。
「今日はシチューで〜す♪」
 確かに部屋中に良い匂いが充満している。腹が減っていたので、僕はダイニングテーブルの前に座った。すると、渚がてきぱきと器によそってくれた。
「はい、どーぞ」
「サンキュ」
 僕が食べ終わるまで、渚は僕の正面に座って頬杖をつきながらにこにこ笑っていた。
「どうです?美味しいですか?」
「ああ。予想以上に美味い」
「良かった〜!!」
 渚が立ち上がって万歳をする。
 僕が食べ終えると、渚が皿まで洗ってくれた。良い嫁だ。
「お前は食ったのか?」
 僕が尋ねると、渚は皿を洗いながら首を横に振った。
「俺にはご褒美のデザートがありますから」
 …ご褒美のデザート。
 僕が思い当たって黙り込むと、渚が手を拭いて振り返った。僕の方に歩み寄ると、手を伸ばして僕の頬に添える。
「早く食べたいです」
「…甘くねえぞ」
 頬を撫でられながら釘を刺すと、渚がふっと笑った。少し大人びたような笑みに、不覚にも心臓が騒いだ。
 渚が顔を寄せて言った。
「構いません」
 舌を出して、僕の下唇を舐めた。
「最高のデザートですから」
 そりゃ結構な舌だな、と言う前に、渚が唇を重ねてきた。





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 渚が上半身を曲げて、椅子に座ったままの僕の顎を掴んでゆっくりと何度も唇を押し付ける。少し顔を離して、渚が囁いた。
「…祐輔さん。ちょっと立ってもらっていいですか?」
 なんでだ?
 僕が眉を寄せつつも、椅子を引いて立ち上がると、いきなり腰に右腕を回された。
「なっ」
「ちょっと失礼」
 そう言うと同時に、渚が僕の脇の下と膝裏に素早く腕を回した。
「うわぁ!?」
 僕は驚いて渚の首に両腕を巻きつけてしがみ付いた。
 渚が僕に抱きつかれながら嬉しそうに笑った。
「あっはっは。祐輔さん軽いですね〜」
「バカ野朗!お、下ろせ!何してんだっ」
「一回やってみたかったんです。お姫様抱っこ」
「しなくていいよ!下ろせっつーの!何考えてんだー!」
「えっちなことー」
 そう笑って言いながら、渚が歩き出した。落とされないようにと、僕はより強く渚に抱きつくと、渚があやすように僕の背中を撫で擦った。
「ああ、すげえ幸せ…!祐輔さんがこんな積極的に俺に抱きついてくるなんて」
「てめえ、覚えてろよ…」
 僕が低く凄むと、渚が部屋に続く扉を足で開けた。そのままベッド際まで寄ると、睨みつける僕に顔を寄せた。僕をベッドに下ろさず、そのまま深く口付けてきた。
 畜生、僕に文句言わせないようにか。 
 腹を立てた僕は、侵入してこようとする渚の舌を拒むように、固く唇を閉ざそうとした。しかし、それでも侵入してこようとするので、僕が意固地になって顔を振って逃れようとすると、そっちに気を取られている間に、渚が突然僕をベッドの上に素早く下ろした。驚いて目を上げると、渚がしてやったりという風にいやらしく笑んで僕を見下ろしていた。僕の太腿の上に跨ると、そのままシーツに僕の手首を押さえつける。
「貰っていいですか、ごほうび」
「…っ、一昨日もやったろ」
 僕が睨みつけても、それすら愛情表現であると受け取ったらしい渚が、僕のシャツのボタンに手を掛けた。時間をかけてゆっくり外されると、余計に羞恥心が募る。渚はそれを分かってやっているから、性質が悪い。その証拠に、僕の目を見つめながら囁く。
「俺のも脱がせてください」
 低い声音とその内容に、ぞくっと妙な感覚が背中を這う。それを誤魔化すように、僕は渚を睨み付けた。
「…調子に乗りやがって…」
「今乗っておかないとしばらく乗れそうもないんで」
「…くそ。手ェ上げろ」
 舌打ちして命令すると、渚が大人しく従った。裾を掴んでそのまま一気に頭を潜らせてTシャツを脱がせた。引き締まった滑らかな素肌が僕の眼前に迫ってくる。
「…下も」
「………自分で脱げよ」
「じゃあ祐輔さんも自分で脱いでくださいね!やったあ!超接近ストリップショー…」
 グーで渚の腹を打ってやると、渚が上半身を折って咳き込んだ。僕の胸に頭を乗せて唸る。
「ぐぉぉ…っ」
 僕は肘で上半身を支え起こして怒鳴った。
「二度とやらねえぞ、ボケぇ!!」
「ぼ、暴力反対…」
 涙目で訴える渚を、足を振って僕の上から退かせた。そのままベッドの上にうつ伏せになった渚の膝裏に跨って、渚の腹に手を回した。
 すると渚が、変な声を上げた。
「きゃーー!」
「『きゃー』じゃねえよ!!どっから声出してんだてめえはっ」
 怒鳴りつけながら、渚のベルトを外して前を寛げた。そのまま制服のズボンの端を引っ張って脱がせた。靴下も脱がせて渚を下着一枚にさせる。更にその渚の背中に覆いかぶさる。項に唇をくっつけると、僕の真下の渚が息を詰めた。
「あ、あの…祐輔さん…?」
「…なんだ?」
 丁寧に舌を這わせながら尋ねると、渚が体を強張らせた。手が、シーツを握り締めるのが見えた。明らかに戸惑っているのが分かって嬉しくなる。べろりと背骨に舌を這わせてから、もう一度聞いた。
「どうした?大人しいな」
「あ、あの…これは…一体…?」
「ごほうびだよ」
 渚の耳元に低く囁き込んでやる。耳の穴に舌を突っ込むと、渚がまた変な声を上げた。
「きあーーーっ!!」
「るせええ!!観念しろっ」
「俺耳弱いんですーー!」
「へえ」
 いいこと聞いた。
 耳朶を甘噛みすると、渚が静かになった。構わず耳朶をしゃぶると、渚が息を詰める。
「……ッ」
「渚…」
 大人しくなった渚の温度が上がっていくのが手に取るように分かる。面白い。そのまま背中に手を這わせて、胸をなぞって下腹部へとゆっくり移動させる。下着の上から撫で擦って緩く握りこむと、渚が驚いたように声を上げた。
「祐輔さん!?」
 にやりと笑って言ってやる。

「ごほうび、やるからじっとしてろ」 











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 渚の背中を味わいながら、そのまま下着をずらせて既に硬くなっている渚自身に指を絡ませた。
「ん――」
 ぴくりと渚の体が揺れた。渚の耳元に低く囁きこんでやる。
「ちょっと腰上げろ」
「あ、の…祐輔さん、」
 戸惑ったような渚の声に、僕は笑って返す。
「欲しいんだろ?ごほうび」
「い、いや…それはそうなんですけど…」
「ちゃんとしてやるから、じっとしてろ」
 ゆるゆると手を動かすと、渚の息が上がってきた。じわりと先走りが滲み出す。それを擦りつけて塗り込めるようにして動かすと、渚の口から荒い息に混じって甘い声が漏れる。それを耳にしただけで、僕の興奮度も上昇する。
「…気持ち良いか?」
 僕が問うと、渚が素直に何度も頷いた。
「……き、気持ち良いです…」
 渚の回答に満足する。思わずにやにや笑ってしまうのを止めることができない。

 ――なんだろ?征服欲?

 こいつ、いつもこんな気分だったんだな。いっつも僕のこと組み敷いて、こんな楽しい気分味わってたんだな。
 そう思うと、ちょっと意地悪してやろうという気分になって、根元をきつく握って爪先で先端を引っ掻いてから即塞いでやった。
「……ちょ…っ」
「イキたい?」
「なん、か…逆じゃない…ですか…?」
「逆じゃねえよ。気持ちよくさせてやってるだろいつも」
「そ、そう、なん…っです、けど……っぁ」
 空いている左手で渚の乳首を摘まんでやると、渚が仰け反って自分の下のシーツを握り締めた。
 ぞくぞくする。僕の施す愛撫で、渚が感じているのが分かって嬉しい。
 舌を突き出して渚の耳を突くと、突然渚が両肘をベッドに立てて体を起こした。そのまま背後の僕を振り落とすようにして起き上がって、いきなり僕の二の腕を掴んでそのまま引き倒してきた。
 渚が荒い息のまま、僕を見下ろす。
「…形勢逆転、ですね」
 腕をベッドの上に縫い付けられる。腿の上にしっかり乗られて、振り払うことは不可能となった。手早くベルトを外されて下着ごとズボンを脱がされた。そのままベッド下に落とす。僕の脚の間に渚が顔を埋めた。内股に口付けられ、舌を這わされる。
「っ、」
「俺、こっちのがいいです…」
 渚が僕の膝を外側に押し出して股間に口付けた。先端に舌を這わせてゆっくり口内へと導かれる。熱い渚の口の中。粘膜同士が絡んで淫猥な音が立つ。熱い。滑る。音を立てて吸われる。舌を絡まされる。唇で扱かれる。指も使って扱かれる。
「っあ、ぅあ…」
 あまりの気持ち良さに、無意識に渚の髪を掴んでいた。
 僕が踵でシーツを蹴るのを横目で見届けた渚が、少し口を離した。僕の腿の裏に手を置いて、ぐっと押し上げる。この格好だと後ろまで丸見えだ。余りの羞恥心に、僕は渚の髪を思い切り引っ張った。
「な、にして…んだ!!てめえは…っ」
 僕の怒声にもめげず、渚が顔を埋めた。
 信じられない場所に、渚の濡れた舌の感触があった。指先でやわやわと解されて、舌で突くように舐められる。ぞくんと例えようのない感覚が全身を襲う。丁寧に丁寧に解されて頭がおかしくなりそうだった。
「マジで…はなせって……!やだ…って…」
「…俺も限界なんです。早く挿れたい…」
 切羽詰ったような渚の甘い囁き声。そりゃそうか。自分で煽ってやったんだった。
 渚が唾液で濡らした指を入れてきた。ゆっくり蠢かされる。同時に舌も突っ込もうとしてくる。
「あ、やっ…!」
 びくんっと背を反らせると、渚が僕の腰に腕を回してきた。逃さないようにと、しっかり掴んでくる。
「…貰いますよ」
 渚が甘い声を直接僕の鼓膜に叩きつけた。それだけで脳が痺れる。
 やばい。せっかく握っていた主導権はあっさり奪われてしまった。

 唾液と先走りとで充分濡らされると、一息に渚が押し込めてきた。
「ふ、あああっ…ッああ」
「祐輔さ…」
 渚が僕の名を呼ぶ。
 何度も、何度も、何度も。
 渚が僕を突き上げる。
 その度にせり上がってくる。愛しさで胸が膨らむ。
 なんでいつもこんな必死なんだよこいつ。
 揺さぶられながら、苦笑して僕は渚を見上げた。手を伸ばして、渚の頬に触れる。渚がその僕の手を掴んで、手の平に口付けた。
「…好きです」
「……っ、はッ、…知ってる…っつの…」
 いい加減、伝われ。
「…お前にしか…やらねえよ…ッ、こんな…ぁ、ごほうび…」
 やばい。限界が近い。渚がそれを知ってか、僕の中心を掴んで扱く。
「…イッ…ていい、ですか…」
 確認すんなアホ。
 涙の膜の張った目を向けると、渚が色っぽい笑顔を浮かべて、僕にキスしてきた。

「愛してます」

 くそ。毎回乱発すんなよ勿体無い。
 せかいが白く爆ぜる前に、僕も答えてやった。
 
 渚が驚いたように目を見開く。
 その表情が面白くて思わず笑ってしまった。



 ああ、そうか。
 僕も毎回ごほうびを貰ってたんだな。








<END>











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 物語ではいつも、王子様がお姫様を迎えに来ることになっている。
 そしてラストは毎回お決まりのハッピーエンド。
 いつまでもいつまでも二人は幸せに暮らせるらしい。

 こんな話ばかり読まされていたら、嫌でも洗脳されてしまう。
 嫌でも期待してしまうじゃないか。


 俺のところにも、王子様が現れて、ここから連れ出してくれるんじゃないかって。


 いや、俺姫じゃないけどね。
 寧ろ俺が王子様だしね。


 つかなんで王子の俺が、こんな薄暗くて湿っぽくて埃っぽい塔に閉じ込められているのかというと、アレですよ。よくあるやつ。
 俺は王様の妾の子なんですって。王位継がれると困るんですって。
 現在の若くて美しい王妃様は、子どもの出来難い体らしく、王様との間に子どもを儲けるのが難しいと知ると否や、俺を城の端の方にある北の塔に閉じ込めたのでした。
 なんだか変な魔法だか結界だか張っているのか、俺はこの塔から出られない。
 もう3年もこんな辺鄙なとこに閉じ込められているのだ。
 参った。これではお姫様と出会うこともできやしない。
 ていうか話も進まねえよ。



 北の塔には、元々図書館の役割を果たしていたのか、全ての部屋の壁には本棚が設置されていて、いたる所に本が並んでいた。
 幽閉されているために、特に何もすることのない俺は、その本を端から端まで読み漁って時間を潰した。
 そこには、本来なら俺が、親や先生や友達や召使いや家来たちから学ぶのであろうことがたくさん書いてあって、書物はそれらの代わりに俺に色んなことを教えてくれた。
 俺には本だけが友人だった。
 いや、本以外にも一人いるな。
 ルコットだ。
 彼女がいなければ、俺はごはんを食べることもお風呂に入ることも出来ない。俺の唯一の世話係のメイドだ。まだ12歳だがしっかりしていて、赤茶色の癖気が特徴の、非常に可愛らしい少女だ。幼い頃火事に遭い、家族を亡くし、それ以来城に住み込みで働いている。王妃様に命じられ、俺専属のメイドとなった。
 彼女の顔面右半分は、痛々しい火傷の痕が残っていて、通常は包帯で覆っているのだが、王妃様はそれを気に入らなかったらしい。あっさりと彼女を、俺と共に北の塔に追いやった。
 彼女の傷を隠す必要がないと思った俺は、包帯を取るよう指示すると、ルコットは首を横に振った。
「いけません。王子を不愉快な気持ちにさせるわけには参りません」
「不愉快になった覚えなんかない」
「この傷を見て、不愉快にならない人などおりません」
「ここにいる」
 俺が彼女を静かに見下ろすと、ルコットは少し俯いた。
「わたくしが嫌なのです。この傷を晒して、驚く王子の表情を見るのが嫌なのです」
「驚かないよう努力する」
 俺がしつこく食い下がると、ルコットが大きく息を吐いた。
「王子というのはわがままに出来ているのですか?」
「そうみたいだな。書物にも書いてある」
 俺はベッド脇の背の低い本棚からお気に入りの一冊を取り出した。
 何となくそのまま読み始めた俺を見て、ルコットが溜息を吐いて包帯を取り始めた。
 俺が本から顔を上げる頃には、ルコットは全ての包帯を取り去っていた。
 右眉から頬骨のあたりまで、彼女の肌は火傷で爛れていた。しかし、その傷の中央に位置する緑色の瞳は、怯むことなくこちらを見つめていて、とても美しく思えた。火傷よりも目を引く印象の強い瞳。
 俺がそれに目を奪われていると、ルコットがにっこり笑った。
「わたくしはここに居られて幸せです。この傷を、人前に晒すことが出来る日が来るなんて、思ってもいませんでした」
 それは勿体無いと、俺は思った。
 ルコットの瞳はとても綺麗だ。俺だけで独り占めするのは、勿体無い気がした。

 彼女だけでも、ここから出してやれないだろうか?

 言わばルコットは俺のとばっちりな訳であり、彼女自身には何の問題もないのだから。
「王妃様はこの塔に来られないのか?」
 俺が尋ねると、食事の用意をしていたルコットが顔を上げた。首を横に振る。
「来られるはずがありません。王妃様自身が、この塔に近づけば呪われると吹聴して回っているのですから」
「そうか。かなり嫌われてるな」
 毒を盛られないだけマシか?
 俺が大きく息を吐いて深く椅子に腰掛けると、ルコットが俺の目の前に食事を並べてくれた。
 一人で食べるのは寂しいので、一緒に食べようと誘うのだが、いつも彼女は頑なにそれを拒む。
「王子と同じテーブルで食事するなど、恐れ多いことです」
「…一緒に食った方が美味いのに」
「ではこちらでこっそり見つめておりますので、心置きなく召し上がってください」
「…余計食い辛いんだけど…」
 彼女の緑の視線を感じながら食事を終えると、ルコットがお茶の用意をしてくれた。遠慮なくそれを頂く。
 ちなみに食料は、地下の食料庫に保存してある。二週間に一度、行商人がやってきて、決まった食材を塔の近くまで運んできてくれるのだ。それをルコットが食料庫に運んでいる。その行商人とが唯一の外界との接点となるのだが、その商人は病気で口が利けなかった。文字も読めないらしく、手紙を渡そうとしても頑なに拒まれた。塔の中の人物と接触してはいけないときつく言われているのかもしれない。


 端から順に、希望を切り取られてゆく。

 3年も面白みのない生活を送り続けて、思うことはいつも同じ。
 ずっとこんな生活が続くのだろうか。一体いつまで?王妃が、子を授かるまでか?でも、もし授からなかったら?
 ――俺は一生をここで終えるのだろうか?

 初めの内は、不安に飲み込まれそうになったものだが、3年も経った今では段々それでも構わないと思えるようになってきていた。
 俺にはルコットがいてくれるし、面白い本もたくさんある。勿論まだ読んでいない本もたくさんある。


 だけど――


 物語には必ず終わりが訪れて、それも大抵がハッピーエンドと決まっている。
 俺の話を物語に仕立て上げたら、何とも詰まらない話になるだろう。
 何の盛り上がりも、ハラハラもドキドキもない。
 単純なストーリー。
 王妃に疎まれた妾腹の王子が、塔に閉じ込められてそのまま一生を終える話。
 そんな話、一体誰が読みたい?


 だから、俺は実は期待している。
 いつか誰かが、俺をここから連れ出してくれるんじゃないかと。


 しかし、そんな淡い期待は、ドラマチックなものではなく。
 寧ろ殺伐として、打ち砕かれた。








 




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 なんだか頭がぼんやりする。
 本の読みすぎかもしれない。
 俺は本から顔を上げて、凝った肩を解すように首を左右に傾けた。本をベッドサイドの低い机の上に置いて、手元の明かりを消す。そろそろ眠ろう。
 ベッドに潜り込むと、すぐさま眠気が襲ってきた。普段はなかなか寝付けないのだが、今日は違った。もうなんか目蓋が重い。






 微かな物音がした。
 ルコットがまだ起きているのだろうか?
 何となく気になったが、目を開くのも億劫なので、無視していると、またもや微かな音がした。
 何だろう。明日にすればいいのに。ルコットのやつめ。
 一度気にすると、もう我慢できなくなって、俺は暗闇の中で重い目蓋をうっすら開いた。そのまま扉の方に声を掛けた。
「…ルコット?」
 返事はない。その代わりに、扉ではなく、窓側でカタンというはっきりした音が聞こえた。
 慌てて上半身を起こして目を凝らした。
 が、真っ暗で何も見えない。
 曇っているためか、月明かりも差し込まないために、物音の正体は掴めなかった。
 息を殺して、静かにベッドサイドの明かりをつけようとした時だった。
 小さい鳴き声がした。
 窓の下の暗闇で、何かが光った。
 金色の光。
 その正体を知った俺は大きく息を吐いた。緊張を解く。
 なんだ。猫か。
 黒い毛並みに金色の瞳を持つ猫だった。
 窓から入り込んだらしい。窓の傍の木を伝って登ってきたようだ。
「おいで」
 静かに呼んで手を伸ばすと、警戒したように黒猫が鳴いて、一歩一歩慎重に近づいてきた。しかし、ベッド傍まで寄ってきたものの、すぐに身を翻して窓から出て行ってしまった。 
 なんだ。せっかく、ルコットと本以外の友人が出来ると思ったのに…
 がっかりして、俺は毛布を被りなおして眠りについた。


「猫、ですか…」
 翌朝、ルコットが朝食の準備をしてくれながら、きょとんと緑色の瞳を俺に向けて言った。
「そう。真っ黒い毛に、金色の目の猫。窓から入ってきたんだ昨夜」
「左様でございますか。珍しいですね。この辺りで猫を見かけるなんて…」
「そうだよな。貴重だよな。今晩も来るかな?罠とか仕掛けてみようか?」
「可哀相です」
「じゃあ餌を置いてみようか」
「本気でございますか」
「本気でございます」
 俺が神妙に頷くと、ようやく観念したようにルコットがミルクに浸したパンの欠片を用意してくれた。


 来た。
 俺は暗闇の中で薄目を開けた。窓に背を向けて、にししっとこっそり笑んでいると、昨夜と同様に窓の方で聞き覚えのある物音が続いた。猫が入ってきたようだ。
 音を立てないように、ゆっくり振り返ると、確かに窓の下で影が揺らめき、月明かりを反射して金色が光るのが見えた。
 俺が息を潜めてそちらを窺っていると、猫は窓の下に設置した俺発案トラップもとい、餌に気づいたのか動きを止めた。しばらく影は動かなかったが、一瞬、本当に一瞬で猫がパンの欠片に口をつけるとすぐさま窓から出て行ってしまった。
 俺は慌ててベッドから下りて、窓の下に駆け寄った。
「……おのれ…」
 低く罵る。
 ミルクに浸したパンの欠片は奪い去られ、皿からミルクが零れて窓の方に垂れていた。


 次の日も、ルコットに頼んでトラップを拵えてもらった。
 が、やっぱり餌だけ奪われる。
 ベッドの傍に寄ってこようとはしない。

 次の日も同じ。
 次の日も、次の日も。


「トラップを変えてみようか」
「何になさるのです」
「果物をつけよう」
「猫は果物を食べるのですか」
「じゃあチーズ」
「王子。食物は数に限りがございます。慈悲深い王子のお心にはとても感銘を受けますが、懐かない猫にいつまでもお与えになるのはどうかと」
「俺の食事を削ってくれて構わない」
「それは致しかねます」
「じゃあ俺が作る」

 という訳で俺は自分で猫の餌を用意することにした。
 皿に乗った餌を見て、ルコットが眉を顰めた。
「王子、それは…」
「友人の食事だ。美味そうだろう?」
「わたくしが作ります」
 どうやら見かねたらしい。ルコットが呆れたように皿を見つめて言った。



 来た。
 暗闇の中で目を開ける。今夜は晴れているのか、窓から月明かりがよく差し込んでいた。美しい満月が、ベッドからでも確認できた。
 ちらりと窓の方へ目をやると、小さい物音と共に、皿が床を擦る音がした。
 また餌だけ奪う気か。
 そうはいくか。今度こそ、捕まえて俺の友達にしてやる。
 そう決め付けた俺は、一気に毛布を跳ね除けて、ベッド下に足を下ろした。そのまま窓の下目掛けて走る。
 すると、俺の突然の行動に驚いたのか、猫が窓枠に飛び移ろうとしたのが見えた。

 逃がしてたまるか。

 俺は手を伸ばした。
 黒猫の尻尾に手が届いた。
 
 やった!捕まえ……

 尻尾を力いっぱい握った瞬間。

 思い切り、蹴飛ばされた。

 蹴飛ばされた?

 猫に?

 驚くのと同時に、体を二つに折って、床に膝をついた。腹が熱い。そのまま床に頭もつける。目に生理的な涙が浮かぶのが分かった。
 痛え。蹴られた。なんで。戻しそうになるのを、喉を鳴らしてなんとか堪えた。
 なんとか涙目を上げると、窓辺から差す月明かりを逆光に、窓枠に黒猫が立って、床に這い蹲る俺を見下ろしていた。
 つよいきんのひかり。
 痛みも忘れて、一瞬見惚れた。

 
 猫が笑った。


「次は肉でも用意してろ」


 なんて贅沢なやつだ。
 

 











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「猫が喋って、しかも蹴られた」
 
 朝一番、俺は顔も洗わずに、調理場で朝食準備中のルコットに報告した。
 するとルコットは爽やかに笑って言った。
「王子、あまり童話ばかり読まれるのはどうかと。たまには歴史ものや学術書などもお読みになっては」
「夢じゃないぞ。痣が残ってるんだ腹に。見るか?」
「結構でございます」
 ぴしゃりとルコットに言い切られ、何となく落ち込むと、彼女がグラスにミルクを注ぎながら尋ねてきた。
「本当に猫だったのですか?」
「どういう意味だ?」
 俺が眉根を寄せると、ルコットがくすくす笑って続けた。
「魔法にでもかけられたんじゃありませんか?」
「…頼みがある」
「なんでございましょう」
 俺は猫用の皿を指差した。
「肉を用意してくれ」


 その日の夜、俺は窓の方を向いてベッドの上に正座して、猫が来るのを待った。
 今夜は曇りのため、月明かりは乏しい。薄暗い部屋の中、俺は息を潜めて待ち続けた。
 やがて、いつものように眠気が襲ってきた。目蓋がゆっくりゆっくり下りてくる。懸命に閉じまいとするも、どうやらこの勝負に勝てそうもないと判断した俺は、肉の乗った皿をベッド脇のテーブルに置いて、そのままこてんとベッドの上に転がった。
 くそ、なんでこんなに眠いんだ。
 日中、暴れもせず大人しくしているというのに。くたくたになるほど運動もしていないというのに、なんなんだこの睡眠欲の強さは。
 自分の意志の弱さを罵りながら、俺は眠りについた。


 ひやりとした感触。
 冷たい。首が冷たい。
 なんでだ。首だけ、冷やしてたか?
 重い腕をなんとか動かしてみようと、まず指を動かしてみる。指先がなんとか動いた。が、やっぱり重くて、腕までは上がらない。
 なんでだろう。冷たい。だから退けたいのに。
 俺は身じろぎして、なんとかその冷たいものの正体を確認しようと、うっすら目を開けた。


 目を見開いた。
 ベッドに仰向けになっている俺の腹の上に、黒い塊が乗っていた。
 いや、塊じゃない。
 黒い塊には、見覚えのある金色の目がついていた。
 暗闇でも輝く金色に目を奪われていると、窓の外の厚い雲が動いた。一瞬、雲の隙間から明るい月が出てくる。逆光だったが、そいつの正体が判明した。
 黒尽くめの衣装の子どもだった。
 そいつが、俺の腹の上に馬乗りになって、冷たい金の瞳で俺を見下ろしていた。
 目を奪われる。月明かりで、瞳が見たことのない色にきらめいた。

「……綺麗だ」
「………………は?」

 思わず呟いた俺の一言に、その子どものとても人間らしい間抜けな表情が窺えたが、それも一瞬で消えてしまった。子どもが、改めて口を歪めた。
「あんた、自分の状況、ちゃんと理解した方がいいよ」
 そう言われて、ようやく現状を理解した。
 なるほど。
 冷たいものの正体が分かった。
 首に、大きなナイフの切っ先が宛がわれていたのだ。
 俺はナイフから目を逸らして、金色の子どもを見つめた。
「猫じゃなかったのか」
 俺の問いに、子どもがきょとんとした。いちいち反応が可愛い。こっそり思っていると、子どもが鼻で笑った。
「よくたとえられはするけどな」
 子どもは俺よりも細いのに、俺より腕力がありそうだった。馬乗りになった体は鉄のように重い。振り払おうとしても叶わないことに気がついた。どうやら太腿で、俺の胴を挟んで締めているらしい。なんだかこういった事態に慣れている気がした。
 子どもがナイフをわざとらしく月明かりにきらめかせて見せた。
「じゃあそういうわけで、死んでもらいますんで。心配しなくても一思いに殺してやる。男の苦しむ顔なんて見苦しいったらねえからな」
 ああそうそうと、子どもがベッド脇を顎で示した。
「肉、ちゃんと用意してたんだな。美味かったよ、いいもの食べてるんだね、王子様は」
「お前のために用意した」
「マジで用意してくれたんだ」
 ひとを殺す寸前だというのに、その子どもは明るく笑った。
 悲壮感も罪悪感も憎悪も殺意も感じられない。勿論快楽でもない。
 きっと、俺の味わったことのない感情を持っているんだ。
 なんとなく、それを知りたいと思った。

「…俺を殺していいのか」
「いいの。だってお許し出たもん。もういいよって。あんたもう要らないんだって。だからオレが消してやろうとしてんの。寧ろ感謝してほしいよ。人殺すのってすっげー体力いるんだよ知ってる?いや、知るわけないよな」
「俺を殺したら、もういいものが食べられないぞ」
「平気だよ。あんたの代わりにオレがここにいてやるから。いいとこじゃん。本読んでうまいメシ食って寝るだけだろ。最高じゃん」
「最高じゃねえよ、最低だよ」
「ふーん。オレんとこより大分マシだと思うけど」
「名前を教えてくれ」
 俺の一言に、子どもが美しく笑んだ。綺麗な子だ。笑顔のとても美しい子だ。
 彼はさらりと言った。
「ないよ」
「え?」
「名前、ない」
「…教えてくれないのか」
「ないんだってば。教えてたくても、オレに名前ないの」
 俺が唖然としていると、その子が声を立てて笑った。
「この世界には名前のない子どももたくさんいるの。王子様の世界ではそんな子、ひとりもいないかもしれないけど、オレの世界ではそんな子どもで溢れかえってる。塔の外は、あんたの知らない世界がいっぱい詰まってる。確かに、こんな文字しか見えない世界、最低最悪かもな」
 だから解放してあげるねと可愛く小首を傾げて、子どもがナイフを振り上げた。


 殺されるということは、多分、この塔に閉じ込められたときから分かっていた。
 俺さえいなければ、王妃様は次期女王になれる。王様には俺以外親族がいないから。
 でも、俺が生き続ける限り、彼女の願いは叶えられないのだから、いずれは俺は消されるのだろうと思っていた。そして俺はそれを、なんとなくどこかで、それも仕方ないなと諦めていた。
 誰かに、殺意を抱かれるほど、嫌われてまで生き続ける理由が思いつかなかった。
 だったら、もう相手にすっきりしてもらった方が、俺もすっきり死ねると考えていた。
 
 でも、実際に死の際に立たされたとき、死んでもいいなんて思えるもんじゃないんだって分かった。

 まだまだ読みたい本がある。ルコットの食事をもっと味わいたい。塔の外に出てみたい。この子のいう、外の世界を知りたい。
 そして、彼のことを知りたい。
 名前がない、で納得できるか。


 俺は、既に空になっていたベッドサイドに置かれた皿を掴んだ。そのまま一気に振り下ろすと、少年の手の中のナイフを弾くことに成功した。
 彼が一瞬驚いて見えたが、すぐに俺の上から下りて、即座に壁際に飛んだナイフを取り戻しに向かった。
 
 逃がすか。
 
 ベッドから下りて手を伸ばした。
 そのまま、黒い服の端を掴むと、少年が驚いたように目を見開いた。金色の中に、明らかに動揺が走ったのが分かった。
 俺はそのまま、少年の背中に乗った。
「いでぇっ!重…っ」
 それでもナイフの方に腕を伸ばそうとするので、その手を真上から手の平で押さえ込んだ。
「畜生!なんでそんな素早いんだよ!?ひ弱な王子様のくせにっ」
 俺の下で子どもが喚く。俺はさっきの少年のを真似て、太腿の間で彼の胴を挟んだ。
「若いから俊敏なんだよっ」
「オレより老けてるくせにっ」
 生意気な子どもだ。
 俺が体重をかけると、少年が呻いた。
「退いて欲しいか?」
「退け。殺してやるから」
 少年が低い声で残酷なことを言った。俺は溜息を吐いた。
「よし、退いてやる。でも俺の言うことを聞け」
「いやだ」
「俺をここから出してくれ」
「自分で出ろ」
「出られないから言ってる」
「努力しろ」
「魔法だか結界で出られないんだ。協力してくれ」
「出られたら殺していいか」
「いい」
 俺が頷くと、少年が静かになった。ゆっくり、顔をこちらに向ける。俺が本気かどうか確認している