男が、俺の手首をシーツに押し付けて見下ろす。
痛い。手首の感覚がない。少年の握力とは比べ物にならない。
慌てて足をばたつかせると、唐突に首を舐められた。
「ぎゃーーーーーー!!!!」
衝撃的すぎて、生まれて初めてかっこ悪い悲鳴を上げると、その男が不機嫌そうに顔を上げた。
「うるさいガキだな。初めてなのか」
初めてってなに!?なにこの人、誰!?俺の知り合いじゃないだろ明らかにっ!!
「退け!初対面の人間に跨るなんて失礼にも程があるぞ!まず名を名乗れ!」
「サイハ」
「知らん!!!!」
「初対面だからな。初めての奴って面倒だから嫌いなんだよな。まあいいや、なんかお前面白そうだし」
「意味がわからん…っ!」
きゃーーっと身を捩ると、片手で顎を掴まれた。がっちりと、目が合う。綺麗な灰色の瞳。戸惑う俺の表情が映り込む。焦点が合わなくなるほど、その目が近づいた。
「!!」
唇を重ねられた。柔らかい感触。啄ばむように、何度か唇を押し付けられた。
お、俺男なのに…!一応王子なのに…っ!!
「や、やめろっ!!」
慌てて体を押し返すと、今度は顎を押さえ込まれて生温かい舌を押し込まれた。舌と、歯茎の裏を舐められる。
「んんっ……!!」
「…口付けも初めてなのか。珍しいな、今時」
口を離され、からかうような口調に、かっと全身に熱が纏う。
サイハが低く笑って俺の喉に舌を這わせた。
「貴重だな。ゆっくり貰うか」
「やめろ…ってば!」
なんとか引き剥がそうと、サイハの制服のシャツを引っ張る。が、びくともしない。くそ、重い。
なんなんだ。なんだこいつ。初対面の相手に口付けするなんて、頭がどこかおかしいんじゃないか!?
じたばたともがいていた時だった。
扉が開いた。
「おい、馬鹿王子!なんで鍵掛けておかない……」
現れた少年が、眉を寄せて、ベッドの上の俺たちの様子を見て固まった。
サイハが顔を上げて少年の方に目をやった。
「ナナゼロニ」
サイハの呪文のような言葉に、俺は眉を寄せた。そして、そう呼ばれた少年がそれ以上無理だろうというくらいに眉根を寄せた。
「………何してんだ、てめえ」
「今日の相手、この子でしょ?」
「違うよ馬鹿!!馬鹿が二人もいんのかこの部屋は!?退け!!とっとと退け!!いつまでも乗っかってんじゃねえ!!」
「あれ、焼きもち?」
「死ね!!今すぐ死ね!!いや、殺してやるっ」
初めて見た少年の荒れた姿に、俺はきょとんとして体を起こした。
「君の知り合い?」
「いや、客……いって!」
サイハが即答すると、少年が彼の頭をはたいた。
「客?」
俺の質問に答える前に、少年がサイハの背を押した。
「とっとと帰れ」
「冷たいな。せっかく休憩時間見つけて来てやったのに」
「楽しんだんだろ」
「まだチュウしかしてない」
「死んどけ」
少年が睨みつけると、サイハがにやりと人懐こい笑みを浮かべて、少年の右手を取った。べろりと手の甲を舐める。
うわっ。
瞬時に繰り出された少年の拳を避けて、あっはっはとサイハが笑い声を上げた。
「その子初めてみたいだから、優しくしてあげるんだぞ」
「54回死ねーーーー!!」
サイハが出て行くと、まるで嵐が去ったかのように、部屋の中がしんとした。少年の興奮したような荒い息だけが響く。そして自分自身を落ち着かせるように、傍の椅子に荒々しく腰掛けた。
「鍵」
「は?」
単語で言われても分からない。俺がきょとんとすると、彼が苛々したように続けた。
「部屋の鍵!掛けてなかったのか?」
「いや、掛けてたけど。君が帰ってきたのかと思って開けたらあの人がいきなり入ってきて…」
はあ〜と大袈裟に溜息を吐いて、少年が机に突っ伏した。
「…今度から、絶対に相手確認してから扉開けろ。分かったか」
「……はい」
物凄く機嫌の悪い彼に、尋ねるのは気が引けたが、今聞いておかなければならない気がしたので俺は質問した。
「…ルコットは…?」
俺の短い問いに、彼の細い肩が揺れた。顔を起こして、ベッドの端に座る俺を見つめる。静かに口を開く。
「……いなかった」
簡潔な一言。それだけで、分かった。ルコットは、もう…
「いなかった。誰も。遺体も、見つからなかった」
「え?」
俺が顔を上げると、彼が淡々と続けた。
「焼け跡に遺体がなかったんだ。だから城は大騒ぎだ。あんたとルコットが逃げ出したってことになってる。きっとすぐに連れ戻すか、追っ手が来る。早く別の町に移動しないと」
「…ルコットは、逃げ出したのか?」
「…遺体がなかったんだ。きっと、どこかで生き延びている」
生き延びている。
そうか。
じゃあ、きっとまた会えるのか。
「良かった…」
「良くねえよ。面倒くさいことになってんだよ」
「ありがとう、確かめてきてくれて」
素直に礼を述べると、少年がなんだか全身痒そうな複雑な表情を浮かべた。頭を掻いて立ち上がる。
「別にっ。ついでだったし。メシもらってくる。鍵開けるなよ」
人と向かい合って食事をする、という体験を生まれて初めてした。が、どうしてよいのかわからず、静かなまま食事が始まった。
正面に座る彼は、食べるのが物凄く早かった。俺がパンをひとつ食べている間に、サラダとスープとパンを食べきった。
「…早いな」
「遅いな。別にいいけど」
食べ終わった後も汚い。パンくずが散らばってるし、サラダの野菜の欠片が床に落ちている。
それらを見下ろして俺は尋ねた。
「…聞いていいか?」
「嫌」
「サイハと知り合い?『ナナゼロニ』ってなに?客って?」
「…人の言うこと聞けよ、王子様」
残った野菜の欠片をフォークで突きながら、頬杖をついて彼が面倒そうに息を吐く。
「顔見知り。あだ名みたいなもん。最後のは黙秘権行使」
一息で全ての質問に答えて、彼が席を立った。
「先シャワー借りるぞ」
「俺も『ナナゼロニ』って呼んでいいのか?」
慌てて彼の背中に声を掛けると、ゆっくり振り返った。にっこりと笑顔を浮かべる。
「駄目。源氏名だもん」
「源…?」
俺が首を傾けると、彼が笑って俺の隣に立った。
「そんなに名前って必要?」
「必要だよ」
「じゃ、あんたがつけてくれ。それでいいよ」
「いや、でも…」
そんな軽いノリでつけてもいいのだろうか。だって、本来なら親がつけるもんじゃないのか。そうだ。この子の親は、どうしてるんだろう?
「君の、ご両親は…」
「いないよ。つか生きてるのか死んでるのかも分からないから考えなくていいよ。あんたの好きなのつけろよ。なんでもいいから。ポチでもたまでも」
「いないって…」
「んじゃポチにしようか」
彼がぽんと手を打つ。ポチポチと呟いて去ろうとする彼の服の裾を掴んで引き止めた。
「ちょ、待って」
「なんだよ」
不機嫌そうな表情に、思わず怯む。眉を寄せたまま、少年が言った。
「どうでもいいんだよ名前なんて。オレがオレであることさえ分かれば、なんて呼ばれようと一緒なんだよ。あんたが決めたいんなら勝手につければいい」
「ポチは嫌だ」
「なんでもいいっつのに」
「エルノアス」
「…なに?」
「エルノアスでいいか?」
「………別になんでもいいけど」
戸惑ったように頷いて、彼が部屋を出て行った。
エルノアス。
暗闇でも光って色んな色に輝いて見える宝石の名前だ。
痛い。手首の感覚がない。少年の握力とは比べ物にならない。
慌てて足をばたつかせると、唐突に首を舐められた。
「ぎゃーーーーーー!!!!」
衝撃的すぎて、生まれて初めてかっこ悪い悲鳴を上げると、その男が不機嫌そうに顔を上げた。
「うるさいガキだな。初めてなのか」
初めてってなに!?なにこの人、誰!?俺の知り合いじゃないだろ明らかにっ!!
「退け!初対面の人間に跨るなんて失礼にも程があるぞ!まず名を名乗れ!」
「サイハ」
「知らん!!!!」
「初対面だからな。初めての奴って面倒だから嫌いなんだよな。まあいいや、なんかお前面白そうだし」
「意味がわからん…っ!」
きゃーーっと身を捩ると、片手で顎を掴まれた。がっちりと、目が合う。綺麗な灰色の瞳。戸惑う俺の表情が映り込む。焦点が合わなくなるほど、その目が近づいた。
「!!」
唇を重ねられた。柔らかい感触。啄ばむように、何度か唇を押し付けられた。
お、俺男なのに…!一応王子なのに…っ!!
「や、やめろっ!!」
慌てて体を押し返すと、今度は顎を押さえ込まれて生温かい舌を押し込まれた。舌と、歯茎の裏を舐められる。
「んんっ……!!」
「…口付けも初めてなのか。珍しいな、今時」
口を離され、からかうような口調に、かっと全身に熱が纏う。
サイハが低く笑って俺の喉に舌を這わせた。
「貴重だな。ゆっくり貰うか」
「やめろ…ってば!」
なんとか引き剥がそうと、サイハの制服のシャツを引っ張る。が、びくともしない。くそ、重い。
なんなんだ。なんだこいつ。初対面の相手に口付けするなんて、頭がどこかおかしいんじゃないか!?
じたばたともがいていた時だった。
扉が開いた。
「おい、馬鹿王子!なんで鍵掛けておかない……」
現れた少年が、眉を寄せて、ベッドの上の俺たちの様子を見て固まった。
サイハが顔を上げて少年の方に目をやった。
「ナナゼロニ」
サイハの呪文のような言葉に、俺は眉を寄せた。そして、そう呼ばれた少年がそれ以上無理だろうというくらいに眉根を寄せた。
「………何してんだ、てめえ」
「今日の相手、この子でしょ?」
「違うよ馬鹿!!馬鹿が二人もいんのかこの部屋は!?退け!!とっとと退け!!いつまでも乗っかってんじゃねえ!!」
「あれ、焼きもち?」
「死ね!!今すぐ死ね!!いや、殺してやるっ」
初めて見た少年の荒れた姿に、俺はきょとんとして体を起こした。
「君の知り合い?」
「いや、客……いって!」
サイハが即答すると、少年が彼の頭をはたいた。
「客?」
俺の質問に答える前に、少年がサイハの背を押した。
「とっとと帰れ」
「冷たいな。せっかく休憩時間見つけて来てやったのに」
「楽しんだんだろ」
「まだチュウしかしてない」
「死んどけ」
少年が睨みつけると、サイハがにやりと人懐こい笑みを浮かべて、少年の右手を取った。べろりと手の甲を舐める。
うわっ。
瞬時に繰り出された少年の拳を避けて、あっはっはとサイハが笑い声を上げた。
「その子初めてみたいだから、優しくしてあげるんだぞ」
「54回死ねーーーー!!」
サイハが出て行くと、まるで嵐が去ったかのように、部屋の中がしんとした。少年の興奮したような荒い息だけが響く。そして自分自身を落ち着かせるように、傍の椅子に荒々しく腰掛けた。
「鍵」
「は?」
単語で言われても分からない。俺がきょとんとすると、彼が苛々したように続けた。
「部屋の鍵!掛けてなかったのか?」
「いや、掛けてたけど。君が帰ってきたのかと思って開けたらあの人がいきなり入ってきて…」
はあ〜と大袈裟に溜息を吐いて、少年が机に突っ伏した。
「…今度から、絶対に相手確認してから扉開けろ。分かったか」
「……はい」
物凄く機嫌の悪い彼に、尋ねるのは気が引けたが、今聞いておかなければならない気がしたので俺は質問した。
「…ルコットは…?」
俺の短い問いに、彼の細い肩が揺れた。顔を起こして、ベッドの端に座る俺を見つめる。静かに口を開く。
「……いなかった」
簡潔な一言。それだけで、分かった。ルコットは、もう…
「いなかった。誰も。遺体も、見つからなかった」
「え?」
俺が顔を上げると、彼が淡々と続けた。
「焼け跡に遺体がなかったんだ。だから城は大騒ぎだ。あんたとルコットが逃げ出したってことになってる。きっとすぐに連れ戻すか、追っ手が来る。早く別の町に移動しないと」
「…ルコットは、逃げ出したのか?」
「…遺体がなかったんだ。きっと、どこかで生き延びている」
生き延びている。
そうか。
じゃあ、きっとまた会えるのか。
「良かった…」
「良くねえよ。面倒くさいことになってんだよ」
「ありがとう、確かめてきてくれて」
素直に礼を述べると、少年がなんだか全身痒そうな複雑な表情を浮かべた。頭を掻いて立ち上がる。
「別にっ。ついでだったし。メシもらってくる。鍵開けるなよ」
人と向かい合って食事をする、という体験を生まれて初めてした。が、どうしてよいのかわからず、静かなまま食事が始まった。
正面に座る彼は、食べるのが物凄く早かった。俺がパンをひとつ食べている間に、サラダとスープとパンを食べきった。
「…早いな」
「遅いな。別にいいけど」
食べ終わった後も汚い。パンくずが散らばってるし、サラダの野菜の欠片が床に落ちている。
それらを見下ろして俺は尋ねた。
「…聞いていいか?」
「嫌」
「サイハと知り合い?『ナナゼロニ』ってなに?客って?」
「…人の言うこと聞けよ、王子様」
残った野菜の欠片をフォークで突きながら、頬杖をついて彼が面倒そうに息を吐く。
「顔見知り。あだ名みたいなもん。最後のは黙秘権行使」
一息で全ての質問に答えて、彼が席を立った。
「先シャワー借りるぞ」
「俺も『ナナゼロニ』って呼んでいいのか?」
慌てて彼の背中に声を掛けると、ゆっくり振り返った。にっこりと笑顔を浮かべる。
「駄目。源氏名だもん」
「源…?」
俺が首を傾けると、彼が笑って俺の隣に立った。
「そんなに名前って必要?」
「必要だよ」
「じゃ、あんたがつけてくれ。それでいいよ」
「いや、でも…」
そんな軽いノリでつけてもいいのだろうか。だって、本来なら親がつけるもんじゃないのか。そうだ。この子の親は、どうしてるんだろう?
「君の、ご両親は…」
「いないよ。つか生きてるのか死んでるのかも分からないから考えなくていいよ。あんたの好きなのつけろよ。なんでもいいから。ポチでもたまでも」
「いないって…」
「んじゃポチにしようか」
彼がぽんと手を打つ。ポチポチと呟いて去ろうとする彼の服の裾を掴んで引き止めた。
「ちょ、待って」
「なんだよ」
不機嫌そうな表情に、思わず怯む。眉を寄せたまま、少年が言った。
「どうでもいいんだよ名前なんて。オレがオレであることさえ分かれば、なんて呼ばれようと一緒なんだよ。あんたが決めたいんなら勝手につければいい」
「ポチは嫌だ」
「なんでもいいっつのに」
「エルノアス」
「…なに?」
「エルノアスでいいか?」
「………別になんでもいいけど」
戸惑ったように頷いて、彼が部屋を出て行った。
エルノアス。
暗闇でも光って色んな色に輝いて見える宝石の名前だ。










