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 体でお支払いすることにしました。
 5千円分。




 小野崎が、俺の正面に座って嬉しそうに、にこにこしている。A4のプリントを5枚きっちり揃えると、俺に差し出す。
「はい、左上をホッチキスで止めて、これで1セット。これを350部お願いします。全部出来たら体育館に運んでね」
「……………………」
「どうした?不満そうな顔して」
「…不満にもなりますよ」
「体で払ってくれるんだろ?5千円分にしては、安いくらいだと思うけど」
 ニコニコから、ニヤニヤに転換。

 くそ。絶対人からかってるよこいつ。最悪だよ。というか、一瞬でもアホな想像した自分がめちゃくちゃ恥かしいよ。

 俺は無言で小野崎からプリントを奪うと、カチカチとホッチキスを操り始めた。
 気が遠くなる。350部って、二人で片付くのかよ、これ。
 俺は5セット目で飽きてきた。
「…なあ、これもっと他の奴らにも手伝ってもらおうよ。無理だって二人だけじゃ」
「じゃあ5千円は別の形で払ってもらうってことでいい?」
「……二人でいいです」
 俺は大人しくプリントを揃えた。
「いい子だね。じゃあこれ6時までに片付けようね」
「は!?6時!?時間制限あんの!?」
「当たり前じゃん。だらだらやってもしょうがないし、台風近づいてるから早く帰らないと。さっき警報出てたし」
「マジで!?だったら明日でもいいじゃん!電車止まったら俺帰れないし」
「その時は特別にオレの家に泊めてやる」
「這ってでも帰る!!!」
「心配しなくても、もし電車が止まったら送っていってやるから安心しなさい」
「一番不安ですが!!」
「ほらほら口より手動かして」
 小野崎に注意を受け、俺は渋々ホッチキスを動かし始めた。

「てか、これ3年の進路のプリントじゃん。先生関係ないじゃん。なんでこんなもん作ってんの?」
 小野崎は俺ら2年の担任だ。3年の進路のプリントならば、進路指導の教師か、3年の担任が用意するものじゃないのか?
「いい質問だな」
 几帳面に、5枚のプリントの端を揃えながら小野崎が答えた。
「この学校で一番の若手が誰か知っているか?そう、オレだ。よく覚えておけよ長柄。日本社会において、なにより強いのは年功序列だということを」
「…夢も希望もないですね」
「何言ってる。希望溢れる話だろ。年さえ食えば何もしなくても敬われるということだ」
「…何もしないんですか、3年の先生方は」
「雑用と力仕事を一切せず、電話にも出ないだけだ」
 小野崎の表情が険しくなってきたので、ここいらでこの会話は打ち切ることにした。

 黙り込むと、放課後の教室は静まり返っていて、人の声すら聞こえない。窓がガタガタとうるさいだけ。
 ふと手を止めて外を見ると、窓のすぐ傍に立つ桜の木の枝が派手に上下に揺れていた。相当風が強いらしい。空の色も、重そうなのっぺりした灰色一色に染まっていた。
 こんな天気じゃ、部活動も中止なのだろう。校内には、もう俺と小野崎しか残っていないんじゃないかという妙な不安に襲われた。

 こんな天気の中、長居は無用だ。さっさと終わらせて無事に帰りたい。
 
 俺がスピードアップを試みると、小野崎がちらりと顔を上げて俺の方を見つめた。
「やる気になってくれた?」
「さっさと終わらせて早く帰る」
「良い心がけですね」
「停電とかなったらやだし」
「この学校古いからなー、夏場は台風が来る度に停電してたらしいけど」
「マジで…」
 そんな話をしていたら、何だか教室が暗くなった気がした。曇り空だから今日一日元々暗かったんだけど、夕方になって一層、強くそう感じる。
「あ、雨降ってきたな」
「最悪だ」
「長柄、傘は?」
「持ってきてない」
「じゃあ送っていってや…」
「結構です!」
 ぴしゃりと断った時だった。

 急に空が明るく光った。
 いや、これは…

「おお…」
 
 小野崎が窓の方を見つめて、感嘆の声を上げた。

「すごい雷だね。近かったかも……って、長柄?」
 馬鹿でかい落雷の音に、子どものように目をきらきらさせて窓を見遣る小野崎を放置して、俺は教室の隅っこに逃げた。三角座りをして窓から思い切り目を背ける。
「おーい、長柄くん。作業、進まないんですけど」
 小野崎が隅っこの俺に向かって声を掛けてくる。俺はどきどきした心臓を押さえながら、びくびくしつつ小野崎の正面の席へと戻った。
 俺がきちんと着席したのを見届けて、小野崎が口を開いた。
「…雷、苦手?」
「苦手じゃねえよ!!」
 即答した。
「嫌いなだけだ!!」
「…ふーん……って、一緒じゃない?」
「カーテン閉めよう!気が散るし!!」
「教室益々暗くなるじゃん」
「いいから!閉めるぞ!!」
 小野崎の文句も無視して、立ち上がって恐る恐る窓側に寄る。
 どうか、今は光りませんように。鳴りませんように。落ちませんように。
 小野崎にびびっていることを知られるのも非常に癪なので、なんとか虚勢を張って、大股で窓辺に寄ってカーテンを掴む。

 すると、
 今までで一番空が光った。

「!!!!」

 慌てて窓際から脱出しようとしたその瞬間、突然背後に気配を感じたのと同時に、顔前に大きな手の平が見えた。それが、俺の視界全て奪う。同時に、別の手が腹に巻きつく感触と、右耳に、滑った感触が一気に襲ってきた。


「ぎゃ…!!」


 俺の悲鳴は、派手な落雷の音で掻き消された。


 それと、雷の音よりも近い、キスの音。

















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実は頑張れるんですね!














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 肩を掴まれて、正面から向かい合わされる。
 激しい雨の打ちつける窓に後頭部と背中を押し付けられた。
 外では雨と風のMIX音が、眼前では小野崎が俺の首筋に唇を押し付ける音が俺の鼓膜を侵す。

 俺は一気に青ざめて、小野崎の胸を押し返したが、びくともしない。
「やめろ!!校内だぞ!?何考えて…」
 怒鳴りつけると、小野崎が顔を上げた。抵抗する俺の手首を捕らえると、間近で淡々と言った。
「長柄のこと」
「…は?」
「長柄のことしか考えてないよ、今は」
「だ、だからってなんでこんな…」
 誰か来たらどう言い訳するつもりなんだ?
 俺が睨み付けると、ふっと小野崎が笑った。
「雷、怖いんだろ?じゃあ作業どころじゃないもんな。オレが気を紛らわせてやる」
 そう言って再び口付けてこようとする小野崎の顎をなんとか押さえ込む。
「今は雷よりお前の方がキケンだっ!!」
「なんで。いいじゃん。どうせ5千円の働きにしちゃ安すぎるから、後で色々と貰おうと思ってたわけだし」
「そ、そんなこと考えてたのか!?」
 信じられない。
 もう大人を信用できなくなりそうだ…。
 がっくりと項垂れると、小野崎がいきなり俺の制服のシャツの裾を掴んで捲りあげた。
「ちょっとーーーー!!?」
「…触るだけだから」
 俺は慌てて小野崎の背中のシャツを掴んで引っ張った。なんとか遠ざけようと必死になる。
「触るだけってなんだよ!?つか、もう変なとこ触っ……」
 小野崎の大きくて熱い手の平が、俺のシャツの中に潜って蠢く。俺の体を窓に押し付けて、素肌を手の平や指の腹を使って丹念に撫で上げてくる。首筋には、何度もキスの嵐。

 気色悪い。
 男相手に、こんなの気色悪いだけだ。
 
 止めてほしくて、俺は何度も訴えた。
「なあ、ちょっと、マジでやめよう。な?こんなん、変だって…」
「変じゃないよ」
 小野崎が顔を上げずに言った。手の平が、丁度俺の左胸に触れる。
「…長柄だって、こんなにドキドキしてるし」
「そ、それは雷の…」
「もう鳴ってないよ」
「え?」
「鳴ってない」
 二度言われて、耳を澄ますと、確かに雨と風の音しか聞こえなくなっていた。
「だから、コレはオレに触られてドキドキしてる音…だろ?」
 鼓膜に直で低音を吹き込まれ、不覚にも全身硬直して顔に熱が集まるのが分かった。

 いやいやいや!だから変だって!小野崎相手にドキドキしてんじゃねえよ俺!
 これはあれだ。他人とここまで密着したことないから変に緊張してるだけだって。

「な、なんで……」
「?なに?」
「なんで俺なんだよ…」
 俺の呟きに、小野崎が少し顔を上げて答えた。

「素直で可愛いから」

「か……」

 可愛い!?どこが!?自慢じゃないが17年間、可愛いなんていわれたことありませんが!!いやそれ以前に男に可愛いって!脳湧いてんのかこいつ!?

「なんだかんだ言いつつも、頑張り屋さんだし、言われたことちゃんと最後までするし、そんな長柄見てクラス連中も結構お前のこと信頼してるし、ずっと思ってたよ」
 小野崎が手を伸ばして、俺の頭をよしよしと撫でる。
「長柄はいい子なんだなって」




 雨と風と、遠くで小さく雷の音が聞こえる。
 俺の真上では小野崎の荒い呼吸音と口付けの音が交互に聞こえる。

 …何やってんだろ、俺。
 もっとしっかり抵抗しないと、本気でヤラれるぞ。
 小野崎のことなんて、好きでも嫌いでもないんだろ?だったら、跳ね除けろよ。気持ち悪いから触るなってぶっとばせよ。
 なに、されるがままになってんだ。
 …抵抗するのが面倒くさい?
 いや、でも生物室のときはちゃんと抵抗したじゃん。
 告られてほだされたのか?男相手に?


 いや、違うか。


 俺は手を伸ばした。
 小野崎の後頭部に手を置いた。ゆっくり撫でると、小野崎が顔を上げて俺を見下ろす。
 柔らかな優しい表情。

 そう、いつもこいつはこんな顔で、俺のこと見てた。
 俺はそれを知ってたんだ。

 小野崎がクラスの中で、誰よりも一番に呼ぶのは、俺の名前だったってことも。

「小野崎…」
「ん?」
「あと30分」
「は?」
「あと30分で266部作らないと」
「…………今、この状況で、それ言う?」
「言う」

 俺が頷くと、小野崎が不満げに体を起こした。そして俺の手を引いて起こしてくれた。
「即行片付けて、続きやってやる」
「…やれるもんならやってみろ」
 俺が乱れた制服を直しながら言い返すと、小野崎がにやりとした。
「それ、やっていいってことだよな?」
「あと29分で266部」
「可愛くないなー」
「可愛くなくて結構です」
 俺が席に座りなおすと、小野崎も正面の席に座った。
「まあでも焦らされるのも悪くないね。もうちょっとで落ちそうって状態がいちばん楽しいよねっ」
「口より手を動かせ担任」
 揃えたプリントで小野崎の頭を叩くと、その手首を掴まれて引き寄せられた。あっさり唇を奪われる。
「!!」
「やっぱ可愛い」

 …不良担任め。
 こうなったら、焦らして焦らして焦らしまくってやる!











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 教卓の前で、小野崎が暑そうに扇子でパタパタと風を送りながら、締まりのない声で続ける。
「というわけで、受験は来年だし遊べるっつったら今年しかねえだろだから思う存分はっちゃけちゃおうぜとか考えて間抜けにも補導とかされて暑い中先生を迎えに行かせることのないよう、慎ましい夏を送れ。以上、解散」
 小野崎のだらけた訓示の終了と共に、生徒達が奇声を上げて教室を飛び出した。
 多分恐らく今この時点でテンションの低い生徒なんていないんだろうなと思う。
 だって明日から夏休みだし。
 ほらここにも一人。
「よう!長柄!今から空いてるよな!?対決しようぜ!前言ってたように、負けた方が晩飯奢る!」
 鞄の中に荷物を詰める俺に近づいてきたのは、既に帰り支度万端のヤマトだった。恐らく何も入ってないんじゃないかと思われるような軽そうなリュックを右肩にのみ掛けて俺の机の横で、ボールを投げるジェスチャーをする。
「ヤマト、弱いじゃん。ボーリング。こないだ90とかだったじゃん。女子か」
 俺の台詞に、ヤマトが憤慨して見せた。
「だから!練習したんだって!!今の俺すげーんだって!今なら軽く200は出る気がする」
「白いゲーム機で腕振って練習してたからなあ」
 ひょっこり顔を出したのは、ヤマトの天敵、佐久間だった。余りにも滑らかに、ヤマトの肩を抱くと、同時にヤマトの裏拳が佐久間にヒットした。佐久間がうめき声を上げてしゃがみ込む。
「なあ、行こうぜ!今俺負ける気しねえ!」
 沈んだ佐久間をちらりとも見ることなく、ヤマトが俺の腕を引っ張る。
「佐久間と行けば?手取り足取り教えてくれるだろ」
 俺の台詞に、ヤマトが露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
「ぜってー、しない。佐久間とは死んでも勝負しねえ」
「なんで?こないだ仲良く鬼ごっこしてたろ」
「他人事みたいに言うな!お前が発案者だろ!」
「お前ら勝負ごと好きじゃん」
「好きでも!こいつ変なもんばっか賭けるんだよ!」
「ボーリング、オレが勝ったら15分フェ」
「死んどけーーーー!!!」
 ヤマトが教室中に響き渡る声で佐久間を教室の外まで蹴り飛ばした。


 今日で、この二人のバイオレンスな漫才も見納めかと思うと気持ちは幾分マシだった。
 …まあ二学期も同じシーンを存分に目撃する気はするけど。
 呆れつつ二人を眺めていると、ふと教卓の方に目が吸い寄せられる。
 相変わらずだるそうに扇子をパタパタやりながら、小野崎がクラス連中に囲まれていた。何やら釣りの話で盛り上がっているらしい。
 小野崎は、まだ若いということもあってか、クラス連中には気に入られているようだった。ああいう風に休み時間とか、授業直後とか、一人きりで居るイメージがない。常に生徒に囲まれているような教師だった。
 お察しの通り、俺はそういう風に教師に自ら話しかけにいくタイプではない。
 いつも、放課後はあの輪の中心で小野崎が抜けてきて、俺に声を掛けるのだ。
「長柄、手伝って」と。
 だから、一学期が終わりの今日なんかは、絶対に小野崎が俺に声を掛けてくるはずなのだ。なんだかんだ言って、結局俺に雑用を押し付けるような教師なんだあいつは。
 一学期最後だから、結構雑用を押し付けられるかもしれない。終業式は昼前で終わったから、もし昼過ぎるようなら昼飯奢らせてやる。

「なあ俺リアルでどんだけできるか試したいんだって」
 はっと気がつくと、ヤマトが俺の隣でまだぶつぶつ誘っていた。
「ほんとにゲームでのみの修行で挑む気かよ」
 俺が呆れて返すと、ヤマトが真剣に頷く。
「90とか、もう今の俺は有り得ない数値なんだって」
「オレがこの目で見極めてやる」
「佐久間は来なくていい」
「お前本当に、冷たいな」
 二人の漫才を聞き流している内に、教卓の前には誰もいなくなっていた。
 …あれ?
 おかしい。
 いつもなら、絶対声掛けてくるのに…。
 もう職員室に戻ったのか?
 俺がじっと教卓を眺めているのに気づいたのか、ヤマトが声を掛けてきた。
「長柄?」
「あ、いやなんでもない」
 なんだ。雑用ないんじゃん。だったら俺もう帰ってもいいよな?ヤマトたちと遊びに行ってもいいんだよな?
 だっていないし。
 二学期まで会わずに済むなんて清々するぜって言ってやってないけど。 
 ……いいや。このまま帰ろう。
「……悪い、待たせた。行こう」
「おう!駅前でいいよな!?朝サービス券配っててもらってきた!」
「でかしたヤマト」
 佐久間がヤマトの頭をよしよしと撫でる。ヤマトが嫌がって逃げる。そんな二人の後を笑って追いながら、でも俺は、なんとなく、もう一度教室を振り返った。




「…溝、埋めてもらうか?」
「シャラーーーップ!!」
 佐久間の気の毒そうな声を、気合でぶっとばして、ヤマトがものすごいフォームでボールを投げる。スピードはあるものの、そのボールはものすごく曲がって、溝に吸い込まれるように転がっていく。
 …ヤマトの点数は90もあやしくなってきた。最終回が近づくにつれ、ヤマトの顔は険しくなり、逆に佐久間の顔には喜色が広がる。
「ヤマト、負けたらチュウな」
 ヤマトがボールを抱えたまま、びしっと凍りつく。ゆっくりこちらを振り返り、恐ろしい表情で佐久間を睨みつける。
「………間接に負けとけ」
「90以下ならディープ」
「65以上!」
「85以下!」
 競りのようになってきた。呆れて二人のやりとりを聞き流しながら、ケータイを開く。
 早めの昼食のあとにここに来たから、今はまだ2時過ぎ。
 …まだ居る、よな。
 俺がケータイを睨みつけているのを見て、佐久間が隣に座った。ヤマトはボールを選びなおしに行ったようだ。
「さっきから上の空だな、参謀」
「…別に」
 ケータイを閉じると、佐久間が長い脚を組んだ。
「誰かと約束してんの?」
「…いや」
「…そういやさ、噂で聞いたんだけどさ」
 佐久間が意味もなく俺のケータイのストラップをゆらゆらさせながら言った。
「なに?」
「小野崎と、保健医の青木ができてるって噂」
 手からケータイが滑る。力が抜けた。
 佐久間が、屈んで俺の足元に落ちたケータイを拾ってくれた。
 佐久間が、しゃがんだまま、俺の方を覗き込む。
「…戻らなくていいのか?」
「…何が」
「学校」
「…何で俺が」
「食われてもしらねえぞ」
「誰が」
「誰だろうな」
 青木は小野崎と同じまだ若い教師陣に含まれる。職員室や廊下で擦れ違うたびに必ず小野崎に声を掛けてきたのを思い出す。青木は美人ではないが、男子校の中の唯一のオアシスとして、生徒達にも人気がある。

 …なんだ。
 彼女居たんじゃん。
 やっぱ、からかわれてたのか俺は。

 そう思うと、なんかもやもやしてきた。苛々する。
 なんだよ。なんだ。だから今日も声掛けてこなかったのか。
 もうからかうのも飽きたってことか。
「………っ」
 ムカつく。なんだよそれ。散々人振り回しておいてそれかよ。
 無意識にケータイを強く握り締めていると、突然佐久間が声を上げた。
「あ。そういやオレ、小野崎に漫画取られてたんだった」
 そう言って立ち上がる。
「取り返してくるわ。一ヶ月以上読めないのは辛いし」
 佐久間が座席を跨いで、出入り口に向かう。
 
 俺は。
 俺は――

 思わず、立ち上がっていた。
 佐久間の腕を掴む。
 佐久間が驚いたように振り返る。

「俺が取り返してきてやる」

 俺がそういうと、佐久間がにやりと笑った。

「頼むわ。あ、先読んでいいぞ」

 俺はボーリング場を出て、再び学校へと走った。






 





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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学


森永様より頂きましたので、さっそくやってみたいと思います☆

残念な結果になりませんように!笑



というわけで、スタート〜!!



【本棚バトン】
◆あなたの本棚にある恥ずかしい本は?
 BL本は押入れに眠っているので、表に出ているもので恥かしいものといえば…
 「生協の白石さん」とか「人は見た目が9割」とか「腐女子彼女」とか「ホームレス中学生」とかベタなのは恥ずいかも…
 「愛してるぜベイベ★★」はタイトルがよく考えると恥かしい。りぼんコミックスだし

◆あなたの本棚にある自慢できる本は?
 自慢…できるような本は……汗
 背表紙に、「殺」とか「死」とか「事件」とか「JC」って書いてんのばっかですが…!大汗!

◆あなたの本棚にある手放したいのにいつまでもある本は?
 映画の公式ファンブックかしら。バトロワとか木更津とか…

◆あなたの本棚にある、あなたが頻繁に読み返す本は?
 JCだと「ONE PIECE」 少女マンガだと「夏目友人帳」「ハチミツとクローバー」
 小説でよく読み返すのは「アナザヘヴン」「池袋ウエストゲートパーク」シリーズ「太陽の塔」
 あと森見登美彦とか舞城王太郎の文章が好きなのでたまにチラ読み返したり
 BLだと「コイイケ」「純情ロマンチカ」…というかあんま持ってないのね実は   
          
◆本棚の中を見てみたい5人にバトンをまわして下さい。
 ベラさん、如月久美子さん、さくら.さん…は、個人的に気になります。笑
 勿論、スルー可!!
 よろしければ、どうぞ教えてください☆ 




って、やっぱ残念な結果になってない!?
大丈夫かコレ!?





テーマ:腐女子日記 - ジャンル:日記


 もうそんなにアピールしなくても充分伝わってるからっていうくらいうるさい蝉の大合唱の響く校庭を抜けて、俺は校舎に侵入した。
 校舎内は、外よりかはひんやりと心地よい空気が流れてきて、ほっと一息つく。校舎裏のグラウンドでは、野球部の練習している掛け声がここまで聞こえてきた。
 とりあえず上履きに履き変えて、小野崎の担当教室の化学室に向かうことにした。
 他の先生方に作業を押し付けられるのを避けるためか、小野崎は職員室よりも、そっちに居る方が多いからだ。
 終業式から数時間経過したためか、教室や廊下には生徒の姿は見えない。静かな廊下を一歩一歩踏みしめる。
 
 …なんか訳も分からず緊張してきた。
 いや、ただ単に佐久間の取り上げられていた漫画を取り返しに行くだけなんだから、緊張する必要なんてないんだ。堂々と行けばいいのに。何故だか足取りが重く感じられてきた。
 頭の端の方で、先ほどの佐久間の声がよみがえる。

 ――『小野崎と、保健医の青木ができてるって噂』
 
 受け持ちの生徒の俺にすら、じわじわ堂々と手を出してきた男だ。夏休みに入って、浮かれまくって自分のことしか考えていない俺ら生徒に気を遣うことなく、思う存分イチャつけるこの状況に、乗り込んでいくのが何だか嫌な気がした。
 …どうしよう、保健室とか化学室とかでイチャついてたら…
 俺、登校拒否するかも…

「……ってなんで俺が落ち込まなきゃなんねんだよっ」
 静寂な廊下で一人突っ込みを披露すると、益々気が滅入った。

 くそ。純粋な男子高校生からかってんなよ。腹立つ。
 
 一学期最後なのに、なんでこんな時に限って声掛けてこなかったんだよ。一ヶ月以上も会えないってのに。
 やっぱ彼女の方が大事ってか。
 だったらなんで俺に、気を持たせるようなこと言ったんだよ。
 だったら初めから、俺のことなんて見ないでいてくれたらよかったのに。
 俺に、小野崎のことを考える時間を、与えてくれないでいてくれたらよかったのに。
 小野崎が、俺ばっか指名するから、小野崎のことばっか考えるようになってしまった俺の時間を返せ。

 どの文句からぶつけてやろうかと、ぶつぶつ呟いていると、目的の化学室に辿り着いてしまった。同時に、緊張がピークに達した。
 扉の前で大きく深呼吸して、そっと扉に手を掛けたときだった。

 何かガラスのようなものが地面に叩きつけられる派手な音が、教室の中から聞こえてきた。驚いて、慌てて中に踏み込むと、奥の化学準備室の方から声が聞こえてきた。
「きゃ!やだ、ごめんなさい!お怪我ありません!?」
「平気です。それより先生は…」
「大丈夫です。すみません、落としちゃって…」
「あ、オレが片付けるんで置いといてください」
 化学準備室へと続く扉の前で、俺は固まった。
 実験用具の並ぶ棚の前の床にしゃがみ込む小野崎と、保健医の青木の姿が見えた。

 ……そっか。そういうことか、やっぱ。
 別に俺じゃなくても、手伝ってくれる人ちゃんと居るんじゃん。
 つか、居るんなら、最初っからそっちに手出してろよ。その方が健全だろ。

 七つも年下で、受け持ちクラスの男子生徒なんかより全然、そっちのがマトモだろ。

「………っ!」

 今までに感じたことのないような、爆発的な感情が一気に押し寄せる。熱いのか冷たいのか怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からなかった。
 二人の姿を認めた途端、噴き上がる感情を制御できず、思わずその場から走って逃げた。



 大きく息を吐き出して、ひんやりとしたコンクリの壁に額をつける。そのまま、ゆっくり深呼吸を繰り返す。
 夏休み突入のため、封鎖された屋上手前の踊り場で俺は壁に向かい合って立っていた。
 学校を出るつもりが、上を目指してしまった。
 …何やってんだろ。動揺しすぎだろ。
 おかしな行動を取る自分が奇妙で、笑えてきた。

 何やってんだ、俺は。

 …帰ろう。
 佐久間とヤマトのところに戻ろう。漫画は、小野崎が帰ってたとか言えばいいや。あの、能天気な奴らの傍に早く行きたい。こんな、訳の分からない感情から逃れたい。
 それから数度、深呼吸を終えると、俺は壁から頭を離した。
 よし、冷えた。
 
 そのまま、階段を下りる。
 すると、等間隔の足音が聞こえてきた。階段を、上がってくる音だ。
 見回りの教師かもしれない。こんなとこでうろついてるのがバレたら面倒だ。
 どうしようかと一瞬迷ったが、もういいやと思い直して、そのまま下りた。
 上がってくる教師の頭が見えた。思わず足を止める。


「…長柄」


 上がってきたのは、小野崎だった。
 最悪だ。なんでよりによってこいつなんだ。
 口を開いたら、怒鳴ってしまいそうだったので、無言で通り過ぎようとした。
 小野崎が、慌てた様子で擦れ違おうとした俺の腕を掴んだ。
「長柄、まだ残ってたのか」
 掴まれた部分から、熱が伝わってくる。俺はそれを急いで振り払った。小野崎が驚いた表情を見せる。俺は彼から目を逸らして低く答えた。
「心配しなくても、すぐに帰る」
「なんでこんなところに…」
 小野崎が最後まで尋ねる前に、何かに気づいたように俺を見た。
「…さっき、化学室、来た?」
 なんだよ。なに気まずそうにしてんだよ。そんなに見られちゃまずい場面だったのかよ。

「…俺じゃなくてもいいんじゃねえか」
「なに?」
 小野崎が眉を寄せて尋ねる。でも、俺は無視した。
 もういい。面倒臭い。
 小野崎なんかに振り回されてると思うだけで腹立たしい。 

 小野崎を放って、階段を最後の段まで下りた。
 すると、いきなり二の腕を掴まれた。小野崎は俺の腕を掴んだまま再び階段を上り出す。
「おい!?なんだよ!?放せっ!」

 まだ振り回す気か、こいつは!?

 そう考えついた途端、俺はキレた。

 慌てて小野崎の手から逃れると、そのまま振り切って、階段を下りて廊下を走った。
 静かな廊下に、俺の足音が響く。
 背後から、もう一つ足音。

 振り返って、ぎょっとする。
 
 小野崎が全速力で追いかけてきたのだ。

「く、来るな!!馬鹿!!」
「逃げるな!アホ!!」

 焦って速度を上げる。


 何だこれ!?何か見たことあるぞこれ!!デジャヴ!?


 校内鬼ごっこ第二弾、の開始だった。





  







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 静まり返った校内を、必死で駆ける。
 聞こえるのは、自分の呼吸音と鼓動と足音、プラス蝉の鳴き声。

 階段を二段飛ばしで駆け上がる。
 もう一体どこに向かってるのか自分でも分からなくなってきた。

 ただ、追っかけてくるから、逃げる。
 ただ、小野崎に捕まらないように。
 捕らわれて、問い詰められて、言いたくない答えを探り当てられないようにするためにも。
 捕まるわけにはいかなかった。


 いかないのに。

 辿り着いた教室の扉の前に、先回りをしていたらしい小野崎が、肩で息を整えながらこちらを見据えていた。
 思わず、一歩下がる。
 すると、小野崎がそれを牽制するかのように声を張った。

「なんでっ」

 主語と述語の抜けた日本語で問われて、俺は眉を寄せた。

「なんで、学校出なかった?」

 言われてから、思い当たった。
 小野崎の言う通り、学校の外へ出るという逃げ道もあったのに。俺はそうはしなかった。
 ただ、ひたすら校内を走り回った。
 …なんでだろう。
 上靴のままだったから?
 いや、そんなの気にせず校庭横切ることしょっちゅうだし。
 ――それとも。

「オレに、捕まりたかった?」

 相変わらずしんどそうに息を整えながら、小野崎が笑って言った。

「…な訳、ないだろ…」

 思い切って、一歩一歩、ゆっくり踏み出す。

「…佐久間の、漫画取り返しに来たんだよ」

 また、一歩。小野崎の方へ。

「取り返しに来たのに、逃げてどうすんだよ」

 小野崎が苦笑した。
 また一歩。

「……お前が」

「オレが?」

 小野崎が笑って俺を見下ろす。
 手を伸ばせば、届く距離。

 手を伸ばした。
 
 自ら、捕らわれる。

「…呼ばないからだろ」


 教卓の前で、いつものように声を掛けてくれたら。
 嬉しそうに、意地悪そうな表情で、呼んでくれたら。
 すぐにでも飛んでいってやったのに。
 
 俯いた俺には、小野崎のカッコ悪い職員専用のスリッパしか見えなかった。
 というか、こんなんで全速力で走ってたのか。よく転ばなかったものだ。

「…じゃあ、成功だな」

 小野崎の楽しげな声が、項に降り注ぐ。
 訝しげに顔を上げると、にやにやした小野崎のいつもの表情が俺の方を覗き込んだ。

「焦らし作戦」
「……へ?」
「いつもいつもいつも、焦らされてるからさー。たまにはオレも、声掛けないでおいてみようかなって。そしたら長柄どんな反応するのか知りたくてさ」
 俺が唖然として小野崎を見つめると、奴は飄々と続けた。
「そしたら帰り際、ヤマトたちに誘われてる間もちらちらこっち気にしてるし、これは面白いと思ってそのまま教室出たんだけど、追いかけてくる気配もないし、やっぱり失敗かなって落ち込んでたら、何故だか踊り場にいるし、もしやオレの作戦成功?なんて…」
 俺は無言で小野崎の左頬を摘まんだ。
「いれれれれっ!」
「性格が悪いっ」
「知ってるよ!」
 俺の手から逃れて、小野崎が呻いた。俺に捻られた頬を痛そうに擦っている。
「…じゃあ、青木と付き合ってるわけじゃないんだ…?」
 俺の質問に、小野崎がにやつく。
「…まんまと誤解してくれたみたいだな」
「みんなしてるぞ」
「長柄のだけ、解ければいいよ」
 そう言って、俺の首に腕を回す。肩を掴まれ、小野崎の方へと引き寄せられた。
 抵抗もせず、ぼんやりと受け入れる。
 腕を、小野崎の広い背中に回す。
 熱い体。
 さっき走った所為、だけじゃないんだろうなきっと。

 小野崎の肩に額を預けると、後ろ髪を梳かれた。そのまま、指先で項を撫でられると、ぴくっと自分の体が揺れたのが分かった。
 そのまま顔を上げずにじっとしていると、不意に濡れた感触が項を這う。
 舐められていると気づいた途端、頭が熱くなって鼓動が高まった。
 でも、不思議と嫌じゃなかった。傍目に見たら気色悪いことされてるのに、俺自身、全く抵抗する気がなくなっていた。
 度重なるセクハラに免疫でもついたのかもしれない。
 じっとしている俺を不審に思ったのか、唇を離して小野崎が小さい声で不安げに尋ねてきた。
「…逃げないのか?」
「…逃げても、捕まるだろ」
「本気で逃げれば、逃げ切れるだろ。お前のが若いんだし」
「逃げて欲しいのか?」
「意地でも捕まえるけど」
「じゃあ逃げても意味ないじゃん」
「逃げないなら、抱くぞ」
 直接的な言葉に、目を上げる。
 小野崎が、いつになく真剣な眼差しでこちらを見下ろしていた。
 思わず問いかけていた。
「…意味分かって言ってるのか?」
「うん」
「…俺、XYだよ?」
「知ってる」
 小野崎が笑った。
「長柄だったら、XXでもXYでもYZでもいいよ」

 発見されてねえよ、そんな染色体。
 と、言ってやりたかったが、言葉が出てこなかった。
 というのも、小野崎が、あまりにも嬉しそうに笑うから。
 俺が嫌がって逃げないのを、すごく嬉しがってるから。
 こんな顔見せられたら、誰だって逃げる気無くすよ、きっと。

 俺は呆れ返って、大きく息を吐いた。


「やれるもんなら、やってみろ」

 












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 覚えのある柔らかい感触。ゆっくり押し当てられて、開かされる。
 俺は拒まなかった。
 こつんと、軽く後頭部を窓でぶつける。小野崎が覆いかぶさるように俺の体に抱きついてくる。ずるずると壁際に背を預けてしゃがみ込む。手の置き場に困って、正面に座り込む小野崎のシャツを掴んだ。
 小野崎が、その俺の手を取った。小さく笑って、指先にキスしてくる。俺に見せつけるように、その指先を口に含む。
 俺は羞恥で赤くなる顔で睨み付けた。
「…なにしてんだよ」
「味見」
 けろりと言い放って、小野崎がそのまま俺の指先をしゃぶった。余りにも恥かしい行為に、慌てて足を振り上げた。軽く蹴る。
「変なことやめろ!」
「何言ってんの。もっと変なことするのに」
 にやにやと小野崎が俺の顔を覗き込む。

 今更激しい後悔が押し寄せてきた。
 しかも、教室だし。
 二学期とか、絶対居た堪れない気持ちでここに通わねばならなくなるというのに。
 俺が、教室だけは絶対嫌だと言ったのに、今したいと小野崎が駄々をこねた。保健室は青木がいるし、化学室は薬品が置いてあるから危ないということになり、結局一番安全な教室が選ばれた。
 …安全なのだろうか? 
 見回りとか来たらどうするんだろ。一応鍵は掛けてるけど。

 俺が唸っていると、小野崎が俺の頬を撫でた。そのまままた唇を押し付けられる。舌先で突かれ、ゆっくり中を掻き回される。舌の表面と裏側を舐められる。頬の内側も、歯列も余すことなく全部、暴かれる。口付けられたまま、シャツを脱がされ、下に着ていたTシャツも捲り上げられる。熱い手が、脇腹や胸をなぞる。確かめるように、ゆっくり指先が肌に押し当てられる。自然と、息が上がる。
「気持ちいい…?」
「………よく、わからん…」
「口の中と、こっちどっちが気持ちいい?」
 小野崎が質問と同時に、俺の胸元に手を置く。指の腹で勃たせるように擦られる。明らかに情欲を煽るアクションに、興奮を覚えずにいられない。
 それを誤魔化すように、俺は無言で小野崎の頭を叩いた。
「いてっ」
「…黙って出来ないのかあんたは」
「何言ってんだよ。コミュニケーションは大事だろ。動物みたいに無言で抱き合うなんて虚しいだけだろ」
「じゃあ一人で喋ってろ。俺に同意を求めるな」
「長柄とやってるのになんで一人で喋りながらしないといけないんだ。…どこが気持ち良くて感じる場所か知りたいのは当然だろ」
 後半、耳元で甘く囁かれる。
 …絶対、ワザとだ。
 不覚にも、ぞくっと背筋が震えた。甘い毒を飲まされたように、全身に緩やかに広がる小野崎の声。
 俺がぎろりと睨み付けると、小野崎が至近距離で笑った。
「…オレは、ただ欲望を満たしたい訳じゃないんだ。長柄の全部を知りたいんだよ」
「全部…」
「全部」
 そう言って、小野崎が俺のベルトに手を掛ける。バックルを外して、前を寛げる。驚いて、腰を引くと、腕を回され引き寄せられた。
「…逃げないんだろ?」
 腹立つ。揚げ足取りやがって。
 悔しくて、俯いて小野崎のシャツを掴んだ。丁度、小野崎の右手が見える。俺の制服のズボンの中に侵入する不埒な手が。余りにもリアルな映像に、現実逃避したくなって目を瞑った。
 小野崎にとんでもないところを触られているのだと思うだけで、もう恥かしくて死ねそうだ。
 俺がぎゅっと目を瞑って堪えているのに気づいた小野崎が、俺の後ろ髪を掴んで緩やかに引いた。耳朶を口に含んで言う。
「…ちゃんと見てなさい。自分が、どうされるのか」
「!」
 マトモに見てられるかそんなもん。
 目を閉じたまま首を振って、小野崎の舌から逃れると、諦めたように小野崎が手の動きを再開させた。
「じゃあ、ちゃんと感じろよ」
 俺の全身に低い毒を盛って、小野崎が指を絡めてくる。そのお陰で徐々に硬度を増していくのが分かる。熱も集中する。他人に触られるということが、こんなに感覚を鋭くさせるものなんだって初めて知った。小野崎に触れられてると思うだけで、全身神経丸出しになったみたいだ。
 左の親指の腹で胸元を弄られ、右手で搾り出すように扱かれる。何とか俺の欲情を暴こうとするかのような丁寧で情熱的な動き。浮きそうになる腰を、なんとか必死で押さえつける。正面の小野崎にしがみ付く。
「……っ、は……」
「…長柄、気持ち良い?」
 声と同時に荒っぽく擦り上げられる。湿った、濡れた音と俺の呼吸と心臓の音、小野崎の少し早い呼吸音も聞こえてくる。窓の外では蝉の音とバットがボールを打ち返す小気味の良い音。

 ああ、俺、学校の教室で何やってんだ。何されてるんだ。家でもベッドの上でもねえのに。
 しかも、自分の手じゃない。担任の、小野崎の手。チョークと教科書しか持たないと思っていた男の手が、俺を暴いている。
「……あ…っ、うッ、」
 唇の隙間から、甘さの滲んだ声が漏れたのを聞いて、俺は目を開けた。衝撃のあまり、驚いて小野崎の肩口に噛み付いた。
「って、噛むな…」
 小野崎が左手で俺の後頭部を掴んだ。そのまま肩から引き剥がすと、俺の顔を覗き込んで深く口付ける。すぐに離れると、俺の目を覗き込んで言った。
「……オレの目見て、イケよ」
「……っい、やだ…ッ!」
 これ以上、そんな恥かしいことできるか。
 慌てて小野崎の胸を押し返すと、逆に強く抱き寄せられた。

「好きだよ」

 目を見開いた。
 今の、自分の置かれている状況を忘れて、正面の小野崎の目を食い入るように見つめた。
 優しい表情。思わず見惚れてしまうような。
 こいつ、こんな顔してたのか。こんな顔で、俺のこと見てたのか。
「長柄」
 甘い、情欲を誘う声音に、体の奥まで侵される。
 やばい。
 こいつの、意のままに、なる。
 頭の奥で危険信号を感じ取りながらも、俺はそれを無視した。
 イクなって方が無理だって、こんなん。


 小野崎に促されるまま、彼の目を見つめたまま、達した。














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とうとう長柄が小野崎の毒牙に…
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 ぐったりと、体を弛緩させて真正面の小野崎に凭れかかって、荒い息を整える。
「………っ」
「…長柄…」
 愛おしいものに触れるように、そっと髪を撫でられる。こめかみに唇を落とされる。そのまま、滑らせて俺の唇に辿り着くと、柔らかく啄ばまれる。ゆっくり離れて、小野崎が聞いてきた。
「全部、ちょうだい…?」
「…全…?」
「全部」
 甘く囁いて、小野崎が濡れた手を蠢かせた。予想外の動きに、俺は急いで顔を上げて小野崎の胸を押し返して怒鳴った。
「どこ、触ってんだー!?」
「…言っていいのか?」
「言わなくていいっ!!」
「抱くって言ったろ」
 はっきり宣言して、小野崎が再び俺の体を抱き寄せた。そのまま、教室の床に押し倒された。

 世界が変わる。
 机と、椅子の足がすぐ横に生えていて、蛍光灯が遠い。教室のカーテンを、この角度から見るなんて想像もしてなかった。
 更に、小野崎が床に肘をついて俺に伸し掛かってくるだなんて、もっと想像なんてしてなかった。

 中途半端に引っかかったズボンと下着を剥ぎ取られ、膝を割られる。俺の足の間に、小野崎が体を割り込ませてきた。奴の息が荒い。今更ながら危機感を覚える。慌てて体を起こそうとすると、膝の裏を掬われた。
「う、わ…!ちょっと…」
 無言のまま、小野崎が自分のベルトを緩める音が聞こえてきた。
 いや、ちょっと待て。マジでこれは俺、大ピンチなんじゃ…
「ちょっと!マジで待って!頼む!」
 心の準備が整わないまま抱かれるのは、何としても阻止したかったので、俺は真上の小野崎のシャツを掴んで怒鳴った。間抜けなポーズを取らされたままだが、それどころじゃない。
 このまま黙ってヤラレてたまるか。
 小野崎が、俺の必死の声に、ようやく耳を傾けてくれたようだった。俺の膝を掴んだまま、静かに見下ろしてくる。
 いつもの黒板の前に立つ姿とは違う。余裕の無さそうな表情。
「……なに…?」
「あ、えー……と……」
 『なに?』と聞き返されても困る。俺が答えに詰まると、小野崎が自分の指を口に含んで唾液で湿らせると、そのまま唐突に俺の足の間に指を埋めた。
「うわああ!?」
 余りにも驚いて、肩肘をついて上半身を起こした。が、すぐに小野崎は片手で俺の体を床に押し返した。再び仰向けにされる。小野崎の長い指は、変わらず侵入を続けていた。
「何してんだよ!?気持ち悪いっ…て…」
 俺の悲鳴も無視して、小野崎は指を蠢かせてくる。何ともいえない動き。押し広げようとするような緩やかな動きに、吐き気がせり上がってくる。それを何とか堪えると、小野崎がゆっくり指を抜いた。
「……ッ…」
 奇妙な感覚。詰まってた異物が抜かれて安心するはずなのに、物足りないような妙な感覚が背筋を這う。
 その俺の表情を見下ろして、小野崎が笑って口付けてきた。唇をくっつけたまま、囁く。
「…ちょっと、我慢して」
 さっきよりも大きく足を割られる。俺の内腿に手を掛けて、小野崎がゆっくり俺に覆いかぶさってきた。

 ゆっくり、時間を掛けて先端から徐々に呑み込まされる。
「ふ、う…っあ、ぅああっ!」
「…長柄、力抜いて」
「…っ、む、り…ッん、あっ」
「…長柄、オレ見て」
 小野崎の低い声が、ようやく脳に到達した。意味を理解して、涙の滲む瞳を真上の担任に向けた。
 小野崎が、汗を掻いて思った以上に余裕のない表情で俺を見下ろしていた。息を荒げたまま、俺の前髪を払う。そのまま、目尻の涙も拭ってくれた。
 俺が目を合わせると、嬉しそうに笑った。
 そのまま、逃げようとする俺の腰を掴んで、大丈夫だというように熱い手の平で擦る。
 俺は懸命に、小野崎のシャツを掴んでいた。余りにもきつく掴んでいたので、指先が白くなっていた。小野崎がそれに気づいたようで、ゆっくり自分のシャツから、一本一本俺の指を剥がすと、一本一本指先にキスした。そのまま指を絡ませて手を握る。

「長柄」

 低い、真摯な声色。
 それだけで、全身に走る。甘い感覚。
 ああ、俺の体はどうなっちゃうんだろう。いつから、こんなに小野崎に反応するようになったんだろう。妙なことされてるというのに、なんでこいつだと許せるんだろう。

「長柄」
 低く呼ばれて、小野崎の動きが再開する。
 腰から痛みがじわじわと広がる。耳からは甘い毒。唇からは濃厚な味。
 最奥まで暴かれると、そのまま充分味わうように小野崎が俺の肩口に顔を埋めた。ゆっくり、ゆっくり腰を動かされる。緩やかな波にさらわれてるみたいだ。
 溺れないよう、小野崎の背に、必死にしがみつく。
 すると、波が大きくなった。背中と肩が、床を擦る。
「は、あっ…あッ」
 小野崎が俺の体を引き止めるように強く掻き抱いてくる。
 強い力。痛い。痛いけど、我慢できる。平気だ、多分。
 小野崎が顔を上げた。一瞬で、強く深く口付けられた。音を立てて唇が離れる。

 小野崎がにやりと笑って、俺を見下ろす。

「長柄、美味しい」

 うわっ!最低だこいつ!!

 そう怒鳴る前に、嬌声を上げさせられた。














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…大変です、長柄くん。
同情されたそこの貴女、ぽちっとどうぞ!笑












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「じゃあ2学期、教室で」
 すちゃっと片手を上げて、満足げに小野崎が運転席から顔を覗かせて爽やかに言った。
 

 思う存分、教室で抱かれた。
 もう死ぬかと思った。
 体中痛いしだるいし熱いしもう声を出すのも辛くて、ぐったりしていると、小野崎が後始末してくれて、俺に制服を着直させてくれた。俺の回復を待ってから、家まで送ってくれると言ってくれたのは良いものの、これ多分一晩寝ないと回復しないんじゃないかというくらいのダメージだったので、小野崎が腕組みして考えた17秒後に、こう言った。
「…よし、おぶって運んでやる」
「………」
 俺は無言で首を横に振った。すると、小野崎が悲しげな表情を浮かべた。
「なんでだよ?お前立てないんだろ。自分で歩けないならオレがおぶっていくしか……。あ、もしかしてお姫様抱っこの方がいいのか?」
 余計、嫌じゃーー!!
 口パクでそう伝えると、小野崎が口を尖らせた。が、すぐに俺の方に近づくと、そのまま背を向けてしゃがみ込んだ。
「じゃあ、はい。だったら早く帰ろう。乗れ」
 教室から駐車場までは結構距離がある。
 夏休み直前で、校内に人が少ないとは言え、全く誰にも見られずに行くというのはかなり難しいと思う。
 担任におぶわれているところを目撃されれば、2学期どんな噂が流れるか分かったものではない。
 俺が躊躇っていると、業を煮やしたように、小野崎が肩越しに振り返って俺の両手首を掴んで背負った。
 うわあっ!
 心で悲鳴を上げたが、当然小野崎には届かない。彼は構わず、俺を背負って移動を始めた。
 暴れる元気もなかった俺は、仕方なく諦めて小野崎の広い背中に額を預けた。
 せめて顔を見られないようにしよう…
 

 なんて考えてたのに、気がついたら小野崎の背中で眠っていたらしい。そのまま小野崎の車に運ばれ、後部座席で寝かされていたようだ。
 小野崎の声で目が覚めた。
「長柄」
 低い声を合図に、目を開けると、やっぱりまだ全身重くてだるかった。
 もう着いたのか。早かったな。ていうか小野崎俺の家知ってたっけ?
 ゆっくり顔を上げて窓の外を覗いた。
「……………どこ?」
 俺の掠れた疑問に、小野崎が全開の笑顔で、その方向を指し示して言った。

「海でーーーっす!」

「…………………」

 俺の家は海か。海だったのか。
 もうしんどすぎて、突っ込む気力も文句を言う元気もなく、俺は大きく息を吐いた。
 海に何の用事だ。
 俺の心を読んだかのように、小野崎が嬉しそうに言った。
「夏と言えば海だろ。もう夕方だけど。人もいないけどっ」
 小野崎が車から降りて、俺の座席側のドアを開けた。
 高台の駐車場に停められた車内から、丁度海が見渡せた。夕日に染められた海は赤い空と繋がって俺の視界は一面真っ赤だった。青い海しか知らなかった俺は、その赤い不思議な色の海に魅せられた。
 体の痛みも忘れて、食い入るように赤を見つめていると、小野崎がドアを開けたままの車に凭れかかってしゃがみ込んだ。彼も、真正面に広がる赤を見つめたまま言う。
「長柄と海に来れて嬉しい」
「………勝手に連れてきたくせに…」
 真正直な小野崎の言葉に、誤魔化すように不貞腐れてみせた。すると、小野崎がこちらを見て笑う。
「初デートは海が良かったんだよな」
 俺の意見は無視かい。
 と、思ったが、声には出さなかった。なんだかあまりにも嬉しそうに言うものだから、何も言えなくなってしまった。
 しばらく、無言で二人で同じ赤を見つめた。




「じゃあ2学期、教室で」
 すちゃっと片手を上げて、満足げに小野崎が運転席から顔を覗かせて爽やかに言った。
 すっかり日も落ちて、小野崎は約束どおり、俺を家まで送ってくれた。家のまん前に停められるのは、流石に気が引けたので、少し手前で降ろしてもらった。なんとか自力で歩けるまでには回復したので、そのまま車を降りて、運転席の脇に立って小野崎の挨拶を聞いた。

 2学期か。
 2学期になるまで、会えないのか。

 自然、そういう風に思考が働いている自分自身に衝撃を受けた。何となく落ち込んでから、すぐに赤面した顔を片手で覆った。
 ああ、救いようないかも、俺。

 俯いている俺を見て、小野崎が不審げに声を掛けてきた。
「長柄?まだ具合悪いのか?」
 心配そうな声音に、俺は顔を上げた。
 こいつの所為で、こんなに体がガタガタで辛いのに、俺と海に行けたことを素直に喜ぶ小野崎を見て、少し心が動かされたのかもしれない。 
 俺はそのまま体を伸ばした。運転席の窓枠に手を掛けて、こちらを見上げる小野崎に顔を寄せた。
 掠めるように、唇を奪う。
 小野崎が、今何が起こったのか理解できないというような表情を浮かべて、俺を見つめるので、可笑しくなった。

「…2学期なんて言うなよ。補導されない程度に、慎ましい夏を送るからさ。…遊びに行ってもいいだろ?」
 
 俺の掠れた声に、小野崎が驚いたように目を見開いてから、苦笑した。よく見ると、奴の耳は赤かった。

「迎えにいくよ」

 嬉しそうな小野崎の声。



 
 なんでこんなことになったんだろう。

 小野崎のクラスに当たったからか。

 当たって良かったんだよな。

 小野崎の顔を見れば分かる。

 きっと、俺の表情を見て笑ってるんだ。

 こんな幸せそうに。


 

 俺はこうして、担任に恋に落とされた。






<END>













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 毎年、同じ日に近所の堤防で花火大会が行われる。
 年々それを見に来る人が遠くからやってきて、最近では人が多すぎて道路が規制されたりするほどの規模にまで拡大していた。
 だから、面倒臭がりの考成が言った台詞に、おれはキレた。

「人も多いし、今年はもういいじゃん」
「にゃにおーーーー!!!?」
 おれの絶叫に、扇風機のまん前という特等席を占めていたミャアが飛び上がって部屋の隅に逃げた。
 考成が勉強机の前の椅子に座って暑そうにうちわで扇ぎながら続けた。
「年々暑くなってくしさー、場所確保するのも大変だし、毎年変わり映えしないし」
「花火だぞ!?夏の風物詩だぞ!?それを見ずして何を見るんだお前は!?」
「アラタの水着姿見れただけでもこの夏は充分…」
「毎年見に行ってるじゃん!来年は受験で見に行けないかもしれないんだぞ!?」
 余計なことを言いかけた考成を押しのけて、おれは彼に詰め寄った。
 胸倉を掴んだおれを見て、考成がにやりと口元を緩ませた。
「なに?そんなに俺と二人きりで花火が見たいのか?だったらそこらの河原で線香花火の勝負やら打ち上げ花火かましておっさんに怒られたりしたらいいじゃん」
「迫力が全然違うだろ!つかそれ違う迫力味わってんじゃん!」
「俺と花火デートしたいって素直に言えばいいのに」
 そう言って考成がおれの腰を片腕で引き寄せた。瞬時に拳を繰り出すと、あっさりそれは避けられた。椅子にかけたまま、正面に立つおれの腰にとうとう両腕を回して、おれの胸元に考成が顔を埋めた。そのままこもった声で続ける。
「そんな暑いとこわざわざ行かなくても、涼しい部屋でいちゃいちゃしてようよ」
「しませんっ!!」
 ぎにゃーーっと叫んで、考成の魔の手から抜け出そうと努力するも、それは不可能に近かった。考成がくすくす笑って顔を上げて、音を立てて軽く口付けてきた。
 突然の行為に不意をつかれたため、反応が遅れた。そのおれの隙を窺って、考成が体を伸ばして、下からおれの唇を奪った。うなじを捕らえられ、何度も唇を舐めてくる。くすぐったい。
「ちょ…」
「新」
 考成が低く呼んで、再び重ねてくる。深めのキスに、ちょっと焦る。慌てて考成の体を押し返したが、離れる気配はなかった。
「っ、ん…うぅ」
 おれの口の中を遠慮なく動き回って、更にTシャツの裾を捲って中に手を這わせてきた。
 まずい。
 これは、考成のエロスイッチが入ってしまった。

 春に約束したのに、考成はいつも約束を破りそうになる。

『高校入ってから貰うから』

 まだあと1年以上もあるのに。本当に守る気あるのか、こいつはと疑いたくなる。


「こう、せ…っ」
 気がつけば、部屋の隅に適当に畳まれた布団を枕に押し倒されていた。Tシャツを首元までたくし上げられ、脇腹や胸元にくすぐったいキスを降らされる。時々、肌を吸い上げられると、むず痒いような妙な感覚が背筋を這ってぞくぞくする。
 考成が、おれの両脇に肘をついて見下ろす。
 考成は春からまた背が伸びた。段々オトナになっていくのが、おれから見てもよくわかった。クラスの女子が、意味ありげに考成を見ては会話しているのも知ってる。だけど、おれの背は伸びないままで、だからそんな考成を見ると焦った。おれだけ置き去りにされてるみたいで悔しくて悲しかった。絶対、本人には言わないけど。
 おれがこいつに追いつける日なんて来るのかなと不安になる。

 おれのこと、放っていったりしない?
 ちゃんと、おいつくまで、待っててくれる?

 とてつもない不安に襲われることはしょっちゅうで、だからこそ、おれは毎年続けてるおれたちだけの恒例行事をなくしたくないんだ。

 それ、わかってんのかよ。


 おれは真上の考成を見上げた。
 考成がおれを見下ろして前髪を払う。そのまま頬を撫でられた。

 その考成の手に自分の熱い手の平を重ねた。


 伝われ。


 考成が、にっこり笑って顔を寄せてきた。
















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 春以来、もう何度考成にキスされたのか数えるのも飽きたので最近は数えていない。
 軽いのも深いのも濃いのも、全部考成から与えられて、教えてもらった。
 温度も、気持ちよさも全部。

 考成が下唇を押し付けたまま、おれを見下ろす。唇が濡れて光る。酸欠の所為でなった涙目を向けると、考成が吐息だけで言った。
「…いれたい」
「……今、入れてたじゃん」
「…それ舌だろ」
「……舌以外に何を……」
 そう言って考成がおれの腰をいやらしい手つきで撫でた。そのまま、ゆっくりジーンズの上から尻を撫でられる。
「ちょっと、やめろ!セクハラだぞ!?」
「…高校まで我慢できるか」
 考成がおれの耳元に囁きこむ。服の上から指を押し当てられた。
「ぎゃっ……!!」
 それは一瞬で、すぐに手が前方に回って股間を弄ってきた。
 慌てて真上の考成の胸を押し返した。
「考成!」
「俺に触られたくない?」
「そ、そうじゃないけど、…や、約束だろ?ちゃんと守らないと…」
「新が可愛いこと言うから悪い」
「おれの所為かよ!?」
 ていうか可愛いことってなんだ!?
 おれが眉間に皺を寄せると、考成がくすっと笑った。
「毎年行ってる花火大会に俺と二人で行きたいなんて」
「いやいや、それ毎年言ってるから。今年に限ったことじゃねえし!」
「毎年俺としてる行事を続けようとしてるところが可愛いんじゃん」
 よいしょという掛け声と共に、考成がおれのベルトに手を掛けた。早業で下着ごと、膝まで下ろされた。

 まずい。
 考成に火がついたみたいだ。

 臍に口付けられて、舌がおれの下腹部をなぞる。硬度を増した先端まで一気に滑らせてから口に含む。
「んっ」
 ぴくんっと反応したおれを見上げて、満足そうに考成が口を使い始めた。
 おれの内腿に手を掛けて、より大きく足を開かされる。駄目だ。恥かしくて死にそう。おれの股間に顔を埋める考成の髪を掴んで、なんとかやめさせようとすると、考成が少し口を離した。
「……今、やめていいの?」
「……あ…」
「最後までいきたいだろ」
 あからさまな言葉に、一気に顔面に熱が集中した。涙目で睨みつけると、考成が舌先で先端を突いた。思わず背中が撓るほど反応してしまった。そのおれの様子を見て、嬉しそうに笑う。
「…気持ちイイ?」
 言うわけねえだろ。言ってたまるか。
 懸命に、跳ねる息と声を押し留めていると、考成が左手を伸ばしてきた。おれの唇に触れると、そのまま唇を割って食いしばる歯を指でなぞられた。
「……ッん、う…はっ……ぁ」
 強く吸い上げられて、不意に声が微かに漏れた。その隙をついて、考成がおれの口の中に指を突っ込んだ。左の人差し指と中指。喉の奥まで突っ込まれて吐き気を覚える。
「んんっ、んっ」
「噛むなよ」
 釘を刺して考成が指を動かした。おれの舌の上を、考成の長い指が滑る。口の中から何度も出し入れされる。同時に、下腹部を襲う熱。指の動きと連動するように動かされ、煽られる。おれと考成の熱を煽るような水音が、上からと下から聞こえる。
 声がどうしても漏れるので、なんとか唇を閉ざそうとするのに、指の動きに阻まれる。閉ざせないので、唾液が零れる。口の端から溢れて顎と、喉を伝う。
「あっ、んっんっ」
 苦しくて堪らず、考成の手首を掴んだ。口の方が、苦しい。するとあっさり指が抜かれた。唾液の糸を引いて、ゆっくり抜かれる。
「あ……っ」
 その濡れた指も駆使して追い上げられる。たまらず、考成の髪を掴んだ。ちらりと目を上げた考成と目が合う。すると、ここぞとばかりに煽られる。おれに見えるように、足を担がれた。わざと音も立てる。
「あ、や…っ、うあ、あ…」 
 やばい。イキそう。我慢できず、甘い声が喉をつく。嫌悪を覚える鼻にかかった声。考成を誘うような声。
 その時、部屋の隅に居たミャアが、おれの声につられたように鳴き声を上げた。
 人じゃないけど、部屋の中に第三者がいたことに、ひどく焦った。
 ミャアに、見られてる。
 そう思うだけで、全身に一気に熱が走った。
「やだっ、やだ考成…っ!」
 慌てて逃れようと、思い切り考成の髪を引くと、考成が驚いたように口を離した。
「…ってえな…」
「ちょっ、ま……」
 止めさせようとするおれを無視して考成は、自分の髪を掴んでいたおれの手を離させると、なんとそのまま臨戦態勢のおれ自身を握らせた。その上から、考成自身が手を重ねる。
 涙目で睨みつけるおれを見上げて、考成がにやりと言った。
「イケよ」
「な…」
「自分でしろ」
 酷にもそう言って、考成はおれの手を使って扱き始めた。
 




 









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 考成の唾液とおれの唾液と先走りやらで滑りは充分のそれを握らされる。考成がおれの正面に座って、おれのその部分を眺めてくる。
「…手、動かして」
「……いやだ」
「じゃあ、そのまま握ってろよ」
 そう言って考成がおれの胸に手を置くと、シャツの上から弄ってきた。おれの反応を窺うように、淫猥な手つきで探る。
「……ぅ…っ」
 服の上から胸の突起を引っかかれる。顔を埋めてしつこく舐められる。じわりと、覚えのある感覚が徐々にせり上がってくるのが分かる。頭と胸の奥、腰を直撃するような奇妙でいて待ち侘びてしまう感覚。
「ッあ」
 かり、とシャツの上から歯を立てられた。思わず背中を反らせると、反対の胸を親指の腹で潰される。同時に、自分の手の中のものが反応するのが直で分かった。
 吐息と熱が上がる。
 服の上からじゃなくって、ちゃんと触って欲しい。もどかしい。じわじわと熱が溜まっていくのが分かる。解放の衝動に、何度も駆られる。
 考成は、そんなおれのジレンマを分かっててにやにやして見下ろしている。
 性格悪い。いや、知ってたけど。知ってたけどさ。
 こんなことずっとされてたら、おれだって高校まで保たないって。

「考成……っ」
 畳まれた布団に凭れかかった状態で、正面に座る幼馴染みを見上げる。こいつが、おれに緩やかに快楽を与えてくる張本人。
 おれに呼ばれ、考成も少し上がった息で尋ねてくる。
「…なに?」
 優しい表情に、思わず見惚れる。こいつ、こんな顔してたっけ。こんな、大人っぽい表情できたのか。
 こんなときだというのに、益々置いてけぼりを食らった感じになって、鼻の奥がつんとなった。

 おれがいちばん怖いのは、考成が離れてくことだ。
 ずっとそばに居たい。

 おれはようやく覚悟した。布団を背に、きちんと座り直すと、考成に見えるように膝を立てて足を広げた。
 ちゃんと見てろ。
 大きく息を吐いて呼吸を整えると、そのまま自分の右手に集中した。
 考成がこちらを見つめているのが、痛いほどよく分かる。おれを見ている。そう思うだけで達しそうになる。それをなんとか堪えて、充分滑りを帯びたそれを上下に扱いた。
「は………っ、ん…ッ」
 息が浅くなる。熱が全身に纏わりつく。特に、右手に集中してるみたいで、熱い。体中の熱が、そこにあるみたい。たまらなくなって夢中で手を動かした。早く解放されたい。
「く、……ぅ…」
「新」
 耳元で呼ばれる。思わず目を上げると、前髪を掴まれた。顔を覗き込まれる。
「新」
 顎を軽く噛まれる。そのまま舌を這わせて下唇も甘噛みされる。
 それだけで、官能が引き摺り出される。
「はあっ、はあ…っ」
「新…」
 考成の声が掠れていることに気づく。快感でぼんやりする目を下に戻すと、考成が自分自身を慰めていた。おれの痴態を見て興奮したらしい。おれはぎょっとしたものの、おれで興奮している考成を見て更に興奮してしまった。
「……ッは、あ……ぁアアッ!」
 びくんっと大きく仰け反って吐き出すと、考成が腰を押し付けてきた。驚いてぐったりした目を向けると、荒い息の考成が、一度吐き出したおれ自身と自らを擦り合わせるように握った。そのまま容赦なく扱かれる。
「うああっ、も…、無理…っ」
「……っは…新……ッ」
 なんとかやめさせようと、頭の方では分かっているのに、体が動かない。手は、しっかり正面の考成のシャツを掴んでいた。まるで、もともっととねだってるみたいだ。
 二度目を吐き出すと、考成も少し遅れておれの腹の上に全て出した。

 荒い息を、何とか整えようと、二人でぐったりと凭れかかり合った。お互いの肩に額を乗せる。
 考成が、そのおれの後ろ髪を梳く。うなじを撫でられ、おれは少し顔を上げて考成を見た。ぽつりと考成が言う。

「……花火、見た」
「は?」

 考成の意味不明の台詞に、おれが一音で返すと、考成が達した後のぼんやりした目でへらっと笑って言った。

「打ち上げ花火」
「………」
「2発。あ、3発か」
「………」
「どう?もう1発…」


「死ねーーーーー!!!!死んでしまえーーー!!!!」



 ぶち切れたおれを宥めるように、結局、考成は花火大会を一緒に行くことを約束してくれた。


 なんか腑に落ちないんですけどねっっ!
 仕方無いから行ってやりましたよ!!
 ええ、めちゃくちゃキレイでしたよ!!



 来年も、再来年もずっとずっと見れたらいいな。
 下心は控えめでね。






<END>













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 エルノアスが、泣きそうに笑って、俺の方へ手を差し伸べた。
 『拘束』が、解けたのか?
 差し出したままの俺の手を繋ごうとした、その時だった。

 指先が触れ合う直前、エルノアスの背後から手が伸びた。その手が、エルノアスの細い手首を掴んだ。
 エルノアスと俺は同時に、その犯人を見つめた。
 セラストだ。
 口元に、絶対零度に近い笑みを浮かべてエルノアスの手を取ると、その指先を舐めて言った。

「お前がやらないのなら、俺がやるよ」

 そう言うと、エルノアスの体を押しのけ、俺の方に一歩踏み出した。
 蛇のように、長い腕が俺の方に近づく。
 氷のような瞳に射竦められ、身動きが取れない。
 完全に硬直した俺に、サイハとエルノアスの鋭い声が飛んだ。

「王子!!」
「レイサード!!」

 サイハが銃を構える。エルノアスがセラストの背中にしがみ付く。
 しかし、意に介さずセラストが俺の喉元に手を掛けた。片手で掴まれ、力を込められる。呼吸がし辛くなったところで、ようやく俺は抵抗を始めた。何とか両手でセラストの腕を外そうともがく。
 セラストはにやりと笑って俺の顔を覗き込んだ。
 笑っているというのに、不安を掻き立てられる笑顔。ぞくんと味わったことのないような嫌な感覚が背筋を這う。
「…死人が生きてちゃ、おかしいでしょ?」
「う、ぐ…っ」
「君が死んでくれないと、困るんだよ」

「オレも困る」

 セラストの台詞に便乗したような言葉に、俺は目を向けた。
 その言葉が聞こえてきたのは、セラストの後方からだった。灰色の長いコートの裾をがっちり掴んで、エルノアスが言った。

「そいつに死なれちゃ困るんだよ」

 必死な様子のその台詞に、サイハもセラストも振り返ってエルノアスを見つめた。サイハが、呆然としたように呟く。
「…お前、拘束が…」

 そのとき、俺は見た。
 エルノアスを見つめるセラストの、口元の笑みが消えたのを。
 彼の興味が、俺からエルノアスに移った。俺の首を掴んだまま、背後のエルノアスを冷たく見下ろす。
「何言ってるんだナナゼロニ。こいつを殺さないとお前が死ぬんだよ。お前だって知ってるだろう。俺が教えてあげただろ。グレイヴに入って失敗した子どもたちの末路を。見せてあげたでしょ?彼らの死体も全部」

 死体?
 
「俺のオモチャは意思なんか持たなくていいんだよ。しゃべらなくてもいいんだよ。ただ、俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ」

 もうセラストの瞳にはエルノアスしか映っていないようだった。サイハが間近まで迫っているのに気づいていない。こめかみに、銃口を押し当てられているというのに。
 俺は、何とかエルノアスからセラストの意識を反らせようと、喉を潰されて出にくい声を振り絞った。
「……グレイヴって……」
 俺の存在をようやく思い出したかのように、小さくセラストがああと声を上げた。



「俺専用のオモチャ箱の名前だよ」














前回までのお話はこちらから→「Locking beauty」












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「残念だなぁ」
 セラストが、全然残念じゃなさそうに言った。
「お前はなかなか壊れずに結構保ったし、気に入ってたんだけどなぁ」
 セラストの大きくて冷たい手が、俺の喉元から離れた。きつく締め付けられていた気道が確保され、急速に酸素が入り込んできたために大きく咽た。そんな俺を振り返りもせず、エルノアスに目線を固定させたまま、一歩彼に近づく。それを見て、サイハが声を張った。セラストのこめかみに突きつけた銃を、両手でしっかり握り直す。

「動くな!」
「俺の言うことを聞けないオモチャなら、もう要らないよ」 

「要らない…」

 セラストの言葉を、彼から目を逸らすことなく、エルノアスが鸚鵡返しした。
 一瞬、その金の瞳の奥が揺らめいた気がした。

「エル……」

「おい!ここで何してる!?」

 セラストに気を取られていたお陰で、ここが城下町の路地裏であるということをすっかり忘れていた。一番長居してはいけない場所だったのに。さっさと離れるべきだったのに。
 俺たちの剣呑な空気を察したのか、通行人が警邏中の軍人を呼んできたらしい。石畳を踏む革靴の荒い足音が複数聞こえてきて、曲がり角から一番最初に飛び出した大柄で赤毛の軍人が、怒鳴り声を上げた。その後に、2人の軍人も駆けてきて、赤毛の後方に控えた。が、すぐに、中央に立つ長身の灰色のコート姿を認めると、腰から抜いた大型の銃を構えた。明らかに殺気が漂う。
「セラスト…!?」
 そして、その灰色の長身のこめかみに銃を突きつけるサイハを見つけて、赤毛が更に驚きの声を上げた。
「サイハまで!?何やってんだ!?」
「うるさいな」
 サイハが口を開く前に、ようやくセラストが赤毛の軍人の方に目線をくれた。
「なんでこう、みんな俺の邪魔ばっかすんのかな」
 大きく溜息を吐いて、サイハがそちらに腕を伸ばした。
 同時に、エルノアスが叫んだ。

「聞くな!!」

 セラストに照準を合わせて対峙する軍人3人を、長い指で順に示してから、一言。
 氷の刃が振り下ろされた。


『撃ち合え』


 セラストの温度のない言葉と同時に、強い力で腕を引かれた。そのまま地面に伏せるように頭を押さえ込まれる。目を上げると、エルノアスが厳しい表情で、セラストの背中を見つめていた。その直後、耳を劈くような4発の銃声が狭い路地裏に響き渡った。
 地面に押さえつけられているため、状況が分からなかった。
「エルノアス…」
「立て。逃げる」
 低く宣言して、エルノアスが俺の腕を掴んだ。

「でもなぁ」

 エルノアスの手を借りて立ち上がって、状況を把握した。
 灰色のコートの足元に、見覚えのある大きな銃と、赤い頭部、特徴ある制服に包まれた腕や体が転がっていた。
 セラストが、ブーツの爪先で、転がった腕を踏みつけた。

「でもなぁ、お前はお気に入りだからね」

 そのまま、ボールでも扱うかのように、蹴り飛ばした。その途端、苦痛に満ちた悲鳴が路地に響く。あまりの絶叫に、思わず背筋が凍りつく。エルノアスが俺の手首を引いて走り出した。

「壊れるまで遊んでやるよ」

 距離が離れたというのに、ここまで届く冷たく楽しげで恐ろしい声音に、足が上手く動かない。エルノアスに引き摺られるようにして走る。血の匂いが纏わり付くように追ってくる。恐怖で、心臓が不規則に跳ねる。
 軍人3人が、セラストの一言でいとも簡単に倒されてしまった。
 怖い。どうなってるんだ。どういう理屈だ。何故ああなる?
 理解不能の出来事は、先ほどの血まみれの現場を直視した時よりも恐怖が募る。

 前を行くエルノアスの背中を必死で見つめる。
 同時に、はっとする。
「サイハは…!?」
 あの時、銃声は4発だった。倒れていたのは、3人。その中に、肌の黒い軍人はいなかった。
 俺は振り返った。
 軍人たちが倒れているはずの路地裏の曲がり角から、ゆらりと灰色のコートが出てきた。
 追ってくると直感した途端、足が縺れた。転倒した俺につられて、エルノアスがバランスを崩して足を止めた。
「何やってんだ!?」
「あ、足が…」
「ふざけんな!立て!」
 エルノアスがすごい剣幕で俺の腕を引く。こうしてる間にも灰色が近づいてくる。今までに味わったことのない恐怖が全身を駆ける。心臓が飛び出しそうだ。冷や汗と震えが止まらない。

 その時、1発の銃声が耳をついた。

 驚いて、エルノアスと同時に顔を上げて見た。

 俺たちを追ってきていた灰色の、セラストの左肩が赤く染まっていた。
 セラストが、少し遅れて、きょとんとしたようにその赤い部分を撫でた。手に血がつく。それを不思議なものでも見るかのようにじっと確認した後、あろうことかそれを舐めた。味わうように何度か舐めた後、不意に唇を歪めた。
「不味い」
 そう言って、セラストが背後を振り返ると、銃弾が掠ったのか、ただの返り血かで左頬を血で染めたサイハが立っていた。無言でトリガーに指をかける。


「いいオトナがいつまでもガキみたいに遊んでんじゃねえよ」















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 クラスメイトの伊瀬を見ていると、無性に殴りたくなる。
 別に嫌いなわけでもない。というか、ほとんどまともに口を利いたこともない。どんな奴かもよく知らない。
 ただ、あいつの顔を見ただけで、無性に殴りつけたくなるのだ。


 真面目に授業を聞く振りをしながら、身長があるくせに教卓正面の席に陣取る伊瀬の背中を盗み見た。伊瀬のすぐ後ろの席の奴が、黒板を見難そうに、体を何度も伸ばして苦労してノートを取っている。
 が、授業が始まるとすぐに伊瀬は机に突っ伏して眠り始める。後ろの席の奴は、ほっとしたように、体を伸ばすことを止めて通常通りに授業に臨む。いつものことながら、教師は真正面で眠る伊瀬に何も言わない。まるでそこには何も居ないというように、眠る伊瀬に注意もせずに授業を進める。
 伊瀬は頭がいい。授業をちゃんと聞いていなくても点が取れるというマンガみたいな奴だ。そんな奴が実際いるのかと思ったら、ここにいた。寝てても満点とか取ったりするものだから、教師もうるさく言わないのだ。それを、クラス連中が不満に思っていることを知っているのに、教師陣は黙殺している。それも腹が立つ。
 しかし、伊瀬を殴りたくなる理由はこれじゃない。そんな単純なものじゃない。
 こんだけ人が狭い部屋に押し込められてりゃ、不公平も出てくるだろう。それはもう16年生きてきたので、もう充分わかっている。贔屓されるやつはされるのだ。それは仕方無い。諦めがつく。
 
 授業が終わると、伊瀬が席を立った。そのまま、ふらりと教室を出て行く。奴はそのまま空き教室とか階段の踊り場とか屋上とか中庭とか空いてる部室とかで眠る。
 何故そんなに睡眠を必要とするのかというと、夜バイトしてるからだ。
 そして何故俺がそれを知っているのかというと、いつも呼びに行かされるのが俺だからだ。何故俺がいつも呼びに行かされるのかと言うと、俺の席が教室の廊下側の後ろの扉に一番近い席だからだ。
 休み時間が終わり、次の日本史の授業でいつものように教師が言った。
「仁谷、伊瀬呼んできて」
 こうして毎度俺は奴を探しに行く。授業もさぼれて丁度いい口実なので、俺も文句言わない。そのまま席を立って教室を出る。扉を出たところで、クラスメイトが声を掛けてきた。
「仁谷、お楽しみ中だったら邪魔してやるなよ」
 どっとクラス中笑いの渦。教師が窘めるものの、それは形だけで、すぐに授業は再開された。

 今回、伊瀬は中庭に転がっていた。木陰のベンチで大柄な体を横たえて、顔面に英語の教科書を乗っけて眠っていた。
 俺はすぐさまその教科書を手に取った。短く告げる。
「起きろ。授業」
「ん……」
 俺の言葉に、伊瀬が素直に起き上がる。目を擦って、大きく欠伸を一つ。それからベンチの上で伸びをする。
「…日本史嫌い」
 知るか。俺だって嫌いだ。俺が無言で校舎の方に歩き出すと、伊瀬がベンチからようやく立ち上がって俺の背中に声を掛けた。
「…いっつも呼びにくるの、お前だな。なんで?」
「扉に一番近いからだ」
「ふーん、かわいそうに」
「誰の所為だと思ってる」
「オレの所為」
「反省しろよ」
 うーんと唸って、伊瀬が肩に手を置いて首を左右に傾ける。凝りを解しているようだ。
「考えとく」
 
 伊瀬は夜のバイトをしている。それは学校も公認している。高校入学直後に、伊瀬の両親が事故でなくなったからだ。身寄りのない伊瀬は自力で生活費を稼がねばならなかった。
 という説明を、担任から受けた。伊瀬本人から聞いたわけではない。
 そのうち、クラス内のやっかみが悪化した。バイトを公認してもらってる上に、授業中に寝ていても注意されないのだ。予測できる範疇だ。なのに、教師は勿論、伊瀬本人も弁解しようとしない。噂は悪質なものとなった。伊瀬の夜のバイトが風俗関係であるといったような類の。
 そんな噂を流されても平然としている伊瀬に腹が立った。
 伊瀬本人に直接聞かずに憶測だけで物事を判断するクラスメイトにも。
 そして、聞いた噂のみで伊瀬を嫌悪する俺自身にも。


「殴っていいよ」


 突然の言葉に、俺は足を止めた。思わず振り返ると、伊瀬が中庭の中央で制服のポケットに手を突っ込んで猫背で立っていた。

「なんだって?」
「だから、殴っていいよって」
「何故、俺が?」
「殴りたいって顔してるから」
 どんな顔だ。
 俺が思い切り不審なものを見たかのように眉を顰めたので、さも可笑しそうに伊瀬が吹いた。
「オレのこと、腹立つんでしょ?迎えにくる度に、呆れた顔してるもんお前」
「…お前こそ、あんな変な噂ばらまかれてなんで平然としてんだよ。否定しろよ」
「否定したら余計喜ぶだけだよあんなの」
 目を瞠った。
 伊瀬が、ちゃんと考えていたことに衝撃を受けた。へらへらしてるから、まるで何も考えていないと思っていた。
 驚きの表情を浮かべる俺を見て、伊瀬が笑った。


「殴っていいよ」


 言われて、気づく。
 そう言われてしまうと、殴れないということに。
 伊瀬は馬鹿じゃない。
 俺は彼を見る目が変わっていくのを自覚せざるを得なかった。









<END>














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 凶悪な笑み、というものを初めて目にした。
 サイハの放った一言に、セラストの顔が凶悪に歪む。それは凶悪を通り越して、まるで無邪気な微笑みのようにも見えた。紙一重なのかと改めて思う。
 セラストの精神は、子どもなのだ。体は大人でも、中身は子ども。自分の思い通りに行かなければすぐに癇癪を起こすような。
 セラストが言った。
「遊んじゃ駄目なの?」
「お前のは遊びじゃない」
 サイハが銃をしっかり構えて、セラストを見つめる。
「殺人だ」
「だってみんな、最後には死にたいって言うんだから、仕方無いじゃないか」
「死にたい奴なんていねえよ!!」
「ナナゼロニは死にたがってるよ」
 セラストとサイハがこちらを見遣る。俺も手を繋いだままのエルノアスを見た。

 今にも泣き出しそうな彼の表情に、それは本当だったのかと悟る。

「だから、俺が最後の最後まで遊んであげる。飽きたらちゃんと片付けるよ」

 冷たい冷たい笑い声が、恐怖心を煽る。

「とりあえず、邪魔な王子様は片付けないとね。退きなさい、ナナゼロニ。お前がやらないのなら俺がやるから」

「…いやだ」

 低いエルノアスの声に、その場の全員が目を向けた。

「こいつは殺させない」

「……何言ってる」

 エルノアスの一言に、セラストの目が剣呑に光って見えた。

「言うことを聞け」

「いやだ」

「聞けよ!!」
 
 セラストの絶叫に、身が竦む。
 しかし、エルノアスは怯まなかった。表情が、先ほどとは違った。
 純然たる意志を持った強い金の光が宿っているような。
 セラストを見据えて言い放つ。


「もう、決めた。あんたの言う通りにはならない」


「ふざけんな!お前は俺のだろ!!意思なんて持つな!!俺の言った通りにしろよ!!」


 初めて見たセラストの荒れた様子に動じることなく、エルノアスが俺の手を引いた。
「行くぞ」
 立ち上がり、俺は背後のセラストの方を見た。
 彼は俯いて何かぶつぶつ言っていた。サイハが銃を構えたまま、じりじりとセラストに近づく。
 腕を伸ばせば届く距離になった時だった。
 セラストが俯いたまま、サイハの銃身を捕らえた。そのまま、まるで力なんて込めていないようなのに、軽く引き寄せる形で、銃ごとサイハを引き寄せた。サイハが、信じられないと言った表情でセラストを見つめる。セラストはそのまま、サイハの腕ごと取って、銃口をこちらに構えた。サイハの指の上から自分の指を重ねると、あっさりと引き金を引いた。





 銃弾が放たれた直後、エルノアスが俺を庇うように覆いかぶさってきた。
 慌てて、二人同時に後方を確認する。弾は当たっていない。俺にも、エルノアスにも。幸い逸れたらしい。撃った犯人は、サイハと揉み合っていた。
「邪魔するな!軍人!」
「逃げろ」
 サイハがセラストを地面に押し倒していた。なんとか拘束しようともがきながら言った。その内、銃声を聞きつけたのか、荒い足音が一斉に近づいてきた。
「生きたいのなら、そいつを連れて行け!」
「退けぇ!!」
 セラストが暴れる。二人の中央で大型の銃が色んな方向を向く。
「サイハ!」
 思わず駆け寄ろうとすると、腕を掴まれた。彼らから遠ざかるように引かれる。
 慌てて、引っ張るエルノアスを呼び止めた。
「助けないと!」
 俺の声にも、エルノアスは振り返らなかった。
「エルノアス!」
 呼び声にも構わず、俺の腕を強く引いて、二人から離れる。セラストの、狂気染みた絶叫が響く。

「そいつを殺せ、ナナゼロニ!!」

「もう二度と」

 セラストの絶叫の合間を縫って、よく響く声が届いた。
 初めて、エルノアスが振り返った。

「死にたいなんて思わないでくれ」

 サイハが初めて会ったときと同じ、人懐こい笑顔を浮かべて、初めて呼んだ。

「エルノアス」

 名を呼ばれて駆け出したと同時に、背後で響いたのは重い銃声だった。
 















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 いつまで眺めていても飽きない。
 ぼんやり船縁を叩きつける波を見つめる。生まれて初めて船に乗っているというのに、気分は高揚することがなかった。
 少し離れた位置で波を見下ろすエルノアスを見遣る。変わらない表情に、不安になる。

 サイハを、見捨ててきてしまった。

 銃声が聞こえたのに、振り返らずにここまで来てしまった。
 その直後に、何人もの軍人が路地裏に駆けていくのと擦れ違った。怒号や、人の集まる声。その喧騒を振り切って、混乱に便乗して出航間際の船に乗り込んだ。

 …彼は無事だろうか。俺たちを逃がしてくれた。エルノアスを名前で呼んでくれた。
 エルノアスが、気にしない訳がないのに。

 俺が言葉を選んで、声を掛ける前に、エルノアスが手すりを離れた。
「…腹、減ったな。なんか調達してくる。ここ動くなよ」
 俺と目を合わせることなく、船内へと消えていく小さな背中を見つめて、大きく息を吐いた。そのまま手すりを掴んでしゃがみ込む。


 俺の所為だ。

 俺が、塔から出たいなんて言わなければ。俺が、外の世界を見たいなんて言わなければ。
 エルノアスもサイハも傷つくことがなかったかもしれない。
 あのまま、おとなしく塔の中で一生を終えてれば。3年前の発表の通り、俺が死んでいれば。
 誰も傷つかずに済んだのかもしれない。 

『俺は、ここから出たい…!』
『世界よりも君のことが知りたい』

 俺のわがままの所為で、確実にあの子を傷つけている。振り回している。足を引っ張っている。

『出られたら殺していいか』
『…約束だぞ』

「…そうだ。約束…」
 
 約束をした。
 塔から出られたら、殺されるという約束を。
 俺を殺せば、彼は俺から解放されるかもしれない。
 もう傷つくこともないかもしれない。

 エルノアスが親切だから、すっかり忘れていた。
 俺は彼に殺されないといけないのだ。セラストじゃなくて、彼自身に。
 それは、約束だからだ。



 不正乗船したため、俺たちの部屋はない。身なりの余り良くない、汚れたり破けたりした衣服を身にまとう人たちが大勢集まる等級の低い大部屋の隅に、しゃがみ込んでいると、薄汚れたワンピースを身に纏った幼い女の子が俺の方に近寄ってきた。大きい瞳をにこにこさせて、はいっと何か手渡してくれた。思わず受け取ると、それはパンの欠片だった。フードで狭い視界で何とか彼女を見遣ると、女の子は笑顔で言った。
「あげる。おなかすいてるでしょ」
「…君の分は…?」
「もうたべたもん。おなかいっぱいなの」
 そう言うと、女の子が自分のおなかをぽんぽんと叩いた。薄い腹。本当に満たされているのだろうか。
「いや、俺もおなかいっぱいだから、君が食べるといいよ」
「いいの、あげる!」 
 俺が譲っても、彼女は頑として聞かなかった。ここまで言われては仕方無い。半分だけ千切ってもらうことにした。
「ありがとう。じゃあ、これだけ貰う」
「うん」
 女の子がにっこり頷く。俺が食べきるのを待っているようだった。そのまま、口に運ぼうとした瞬間、そのパンを持った手首を掴まれた。
 ぎょっとして見上げると、同じくフードを被ったエルノアスが俺の手首をしっかりと掴んでいた。
「エル…」
「悪いけど。こいつ、病気なんだ。何でもかんでも食べられないんだ。これは君が食べるといい」
 そう言って、俺の手からパンを奪うと、女の子に押し付けた。そのまま、呆然とする彼女を残して、俺の手を引いて大部屋の外に出た。

 そのまま、しばらく無言で引っ張られる。辿り着いたのは、乗船客の荷物の詰められた貨物部屋だった。奥に行くにも苦労するような狭い通路を抜けて、少し広さのある空間に出た。少し広さがあると言っても、二人で足を伸ばして座ったらもう余地がないくらい。周囲には、壁のように木箱や大きな袋が積みあがっている。その袋を数個落とすと、エルノアスがそれを壁側に並べた。
「船の中に居る間はここで寝る。これをベッド代わりにしろ」
 袋の中身は穀物らしかった。植物の独特の香りが漂う。
「…大部屋で寝ないのか」
「残念ながらオレたちは不正乗船してる上にお尋ね者だからな。あんなとこで雑魚寝してたらいつ寝首をかかれるか分からない。あと、不用意に誰彼からものを貰うな。警戒しろ」
 さっきの女の子のパンのことだろうか。
 思わずむっとする。
「人の親切を無下にできない」
「じゃあ死ぬしかないな。あんたまだ狙われているって自覚がないようだな。あんな目に遭ってもまだ人を信じるのか。感服するよ」
「少女じゃないか」
「子どもでも人は殺せる」
 エルノアスが、隙間のないよう袋を並べながら淡々と言った。
 それを聞いた途端、俺は勝手に動く口を閉ざすことが出来なくなっていた。 
「…君の目的は、俺を殺すことだろう。だったら、丁度いいじゃないか。俺が、パンを食べて死んでも、君にとっては本望だろう。自分の手を下さずに死ぬんだから」
 エルノアスの、手が止まった。
 ゆっくり、こちらを振り返る。
 金の瞳が、今までに見たことがないくらい、暗い深い色だった。

「…そうだったな」

 ゆっくり、立ち上がる。俺の正面に立って、俺を見上げる。

「…オレの目的は、あんたを殺すことだ」

 エルノアスがどこに隠し持っていたのか、背中から小ぶりのナイフを取り出した。
 そのまま、俺の喉を片手で掴んで木箱を背に押し付けた。
 眼前に振り上げられるナイフ。


 ああ、俺のお話はここまで――




















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