体でお支払いすることにしました。
5千円分。
小野崎が、俺の正面に座って嬉しそうに、にこにこしている。A4のプリントを5枚きっちり揃えると、俺に差し出す。
「はい、左上をホッチキスで止めて、これで1セット。これを350部お願いします。全部出来たら体育館に運んでね」
「……………………」
「どうした?不満そうな顔して」
「…不満にもなりますよ」
「体で払ってくれるんだろ?5千円分にしては、安いくらいだと思うけど」
ニコニコから、ニヤニヤに転換。
くそ。絶対人からかってるよこいつ。最悪だよ。というか、一瞬でもアホな想像した自分がめちゃくちゃ恥かしいよ。
俺は無言で小野崎からプリントを奪うと、カチカチとホッチキスを操り始めた。
気が遠くなる。350部って、二人で片付くのかよ、これ。
俺は5セット目で飽きてきた。
「…なあ、これもっと他の奴らにも手伝ってもらおうよ。無理だって二人だけじゃ」
「じゃあ5千円は別の形で払ってもらうってことでいい?」
「……二人でいいです」
俺は大人しくプリントを揃えた。
「いい子だね。じゃあこれ6時までに片付けようね」
「は!?6時!?時間制限あんの!?」
「当たり前じゃん。だらだらやってもしょうがないし、台風近づいてるから早く帰らないと。さっき警報出てたし」
「マジで!?だったら明日でもいいじゃん!電車止まったら俺帰れないし」
「その時は特別にオレの家に泊めてやる」
「這ってでも帰る!!!」
「心配しなくても、もし電車が止まったら送っていってやるから安心しなさい」
「一番不安ですが!!」
「ほらほら口より手動かして」
小野崎に注意を受け、俺は渋々ホッチキスを動かし始めた。
「てか、これ3年の進路のプリントじゃん。先生関係ないじゃん。なんでこんなもん作ってんの?」
小野崎は俺ら2年の担任だ。3年の進路のプリントならば、進路指導の教師か、3年の担任が用意するものじゃないのか?
「いい質問だな」
几帳面に、5枚のプリントの端を揃えながら小野崎が答えた。
「この学校で一番の若手が誰か知っているか?そう、オレだ。よく覚えておけよ長柄。日本社会において、なにより強いのは年功序列だということを」
「…夢も希望もないですね」
「何言ってる。希望溢れる話だろ。年さえ食えば何もしなくても敬われるということだ」
「…何もしないんですか、3年の先生方は」
「雑用と力仕事を一切せず、電話にも出ないだけだ」
小野崎の表情が険しくなってきたので、ここいらでこの会話は打ち切ることにした。
黙り込むと、放課後の教室は静まり返っていて、人の声すら聞こえない。窓がガタガタとうるさいだけ。
ふと手を止めて外を見ると、窓のすぐ傍に立つ桜の木の枝が派手に上下に揺れていた。相当風が強いらしい。空の色も、重そうなのっぺりした灰色一色に染まっていた。
こんな天気じゃ、部活動も中止なのだろう。校内には、もう俺と小野崎しか残っていないんじゃないかという妙な不安に襲われた。
こんな天気の中、長居は無用だ。さっさと終わらせて無事に帰りたい。
俺がスピードアップを試みると、小野崎がちらりと顔を上げて俺の方を見つめた。
「やる気になってくれた?」
「さっさと終わらせて早く帰る」
「良い心がけですね」
「停電とかなったらやだし」
「この学校古いからなー、夏場は台風が来る度に停電してたらしいけど」
「マジで…」
そんな話をしていたら、何だか教室が暗くなった気がした。曇り空だから今日一日元々暗かったんだけど、夕方になって一層、強くそう感じる。
「あ、雨降ってきたな」
「最悪だ」
「長柄、傘は?」
「持ってきてない」
「じゃあ送っていってや…」
「結構です!」
ぴしゃりと断った時だった。
急に空が明るく光った。
いや、これは…
「おお…」
小野崎が窓の方を見つめて、感嘆の声を上げた。
「すごい雷だね。近かったかも……って、長柄?」
馬鹿でかい落雷の音に、子どものように目をきらきらさせて窓を見遣る小野崎を放置して、俺は教室の隅っこに逃げた。三角座りをして窓から思い切り目を背ける。
「おーい、長柄くん。作業、進まないんですけど」
小野崎が隅っこの俺に向かって声を掛けてくる。俺はどきどきした心臓を押さえながら、びくびくしつつ小野崎の正面の席へと戻った。
俺がきちんと着席したのを見届けて、小野崎が口を開いた。
「…雷、苦手?」
「苦手じゃねえよ!!」
即答した。
「嫌いなだけだ!!」
「…ふーん……って、一緒じゃない?」
「カーテン閉めよう!気が散るし!!」
「教室益々暗くなるじゃん」
「いいから!閉めるぞ!!」
小野崎の文句も無視して、立ち上がって恐る恐る窓側に寄る。
どうか、今は光りませんように。鳴りませんように。落ちませんように。
小野崎にびびっていることを知られるのも非常に癪なので、なんとか虚勢を張って、大股で窓辺に寄ってカーテンを掴む。
すると、
今までで一番空が光った。
「!!!!」
慌てて窓際から脱出しようとしたその瞬間、突然背後に気配を感じたのと同時に、顔前に大きな手の平が見えた。それが、俺の視界全て奪う。同時に、別の手が腹に巻きつく感触と、右耳に、滑った感触が一気に襲ってきた。
「ぎゃ…!!」
俺の悲鳴は、派手な落雷の音で掻き消された。
それと、雷の音よりも近い、キスの音。

よろしければぽちっとお願いします。
実は頑張れるんですね!
5千円分。
小野崎が、俺の正面に座って嬉しそうに、にこにこしている。A4のプリントを5枚きっちり揃えると、俺に差し出す。
「はい、左上をホッチキスで止めて、これで1セット。これを350部お願いします。全部出来たら体育館に運んでね」
「……………………」
「どうした?不満そうな顔して」
「…不満にもなりますよ」
「体で払ってくれるんだろ?5千円分にしては、安いくらいだと思うけど」
ニコニコから、ニヤニヤに転換。
くそ。絶対人からかってるよこいつ。最悪だよ。というか、一瞬でもアホな想像した自分がめちゃくちゃ恥かしいよ。
俺は無言で小野崎からプリントを奪うと、カチカチとホッチキスを操り始めた。
気が遠くなる。350部って、二人で片付くのかよ、これ。
俺は5セット目で飽きてきた。
「…なあ、これもっと他の奴らにも手伝ってもらおうよ。無理だって二人だけじゃ」
「じゃあ5千円は別の形で払ってもらうってことでいい?」
「……二人でいいです」
俺は大人しくプリントを揃えた。
「いい子だね。じゃあこれ6時までに片付けようね」
「は!?6時!?時間制限あんの!?」
「当たり前じゃん。だらだらやってもしょうがないし、台風近づいてるから早く帰らないと。さっき警報出てたし」
「マジで!?だったら明日でもいいじゃん!電車止まったら俺帰れないし」
「その時は特別にオレの家に泊めてやる」
「這ってでも帰る!!!」
「心配しなくても、もし電車が止まったら送っていってやるから安心しなさい」
「一番不安ですが!!」
「ほらほら口より手動かして」
小野崎に注意を受け、俺は渋々ホッチキスを動かし始めた。
「てか、これ3年の進路のプリントじゃん。先生関係ないじゃん。なんでこんなもん作ってんの?」
小野崎は俺ら2年の担任だ。3年の進路のプリントならば、進路指導の教師か、3年の担任が用意するものじゃないのか?
「いい質問だな」
几帳面に、5枚のプリントの端を揃えながら小野崎が答えた。
「この学校で一番の若手が誰か知っているか?そう、オレだ。よく覚えておけよ長柄。日本社会において、なにより強いのは年功序列だということを」
「…夢も希望もないですね」
「何言ってる。希望溢れる話だろ。年さえ食えば何もしなくても敬われるということだ」
「…何もしないんですか、3年の先生方は」
「雑用と力仕事を一切せず、電話にも出ないだけだ」
小野崎の表情が険しくなってきたので、ここいらでこの会話は打ち切ることにした。
黙り込むと、放課後の教室は静まり返っていて、人の声すら聞こえない。窓がガタガタとうるさいだけ。
ふと手を止めて外を見ると、窓のすぐ傍に立つ桜の木の枝が派手に上下に揺れていた。相当風が強いらしい。空の色も、重そうなのっぺりした灰色一色に染まっていた。
こんな天気じゃ、部活動も中止なのだろう。校内には、もう俺と小野崎しか残っていないんじゃないかという妙な不安に襲われた。
こんな天気の中、長居は無用だ。さっさと終わらせて無事に帰りたい。
俺がスピードアップを試みると、小野崎がちらりと顔を上げて俺の方を見つめた。
「やる気になってくれた?」
「さっさと終わらせて早く帰る」
「良い心がけですね」
「停電とかなったらやだし」
「この学校古いからなー、夏場は台風が来る度に停電してたらしいけど」
「マジで…」
そんな話をしていたら、何だか教室が暗くなった気がした。曇り空だから今日一日元々暗かったんだけど、夕方になって一層、強くそう感じる。
「あ、雨降ってきたな」
「最悪だ」
「長柄、傘は?」
「持ってきてない」
「じゃあ送っていってや…」
「結構です!」
ぴしゃりと断った時だった。
急に空が明るく光った。
いや、これは…
「おお…」
小野崎が窓の方を見つめて、感嘆の声を上げた。
「すごい雷だね。近かったかも……って、長柄?」
馬鹿でかい落雷の音に、子どものように目をきらきらさせて窓を見遣る小野崎を放置して、俺は教室の隅っこに逃げた。三角座りをして窓から思い切り目を背ける。
「おーい、長柄くん。作業、進まないんですけど」
小野崎が隅っこの俺に向かって声を掛けてくる。俺はどきどきした心臓を押さえながら、びくびくしつつ小野崎の正面の席へと戻った。
俺がきちんと着席したのを見届けて、小野崎が口を開いた。
「…雷、苦手?」
「苦手じゃねえよ!!」
即答した。
「嫌いなだけだ!!」
「…ふーん……って、一緒じゃない?」
「カーテン閉めよう!気が散るし!!」
「教室益々暗くなるじゃん」
「いいから!閉めるぞ!!」
小野崎の文句も無視して、立ち上がって恐る恐る窓側に寄る。
どうか、今は光りませんように。鳴りませんように。落ちませんように。
小野崎にびびっていることを知られるのも非常に癪なので、なんとか虚勢を張って、大股で窓辺に寄ってカーテンを掴む。
すると、
今までで一番空が光った。
「!!!!」
慌てて窓際から脱出しようとしたその瞬間、突然背後に気配を感じたのと同時に、顔前に大きな手の平が見えた。それが、俺の視界全て奪う。同時に、別の手が腹に巻きつく感触と、右耳に、滑った感触が一気に襲ってきた。
「ぎゃ…!!」
俺の悲鳴は、派手な落雷の音で掻き消された。
それと、雷の音よりも近い、キスの音。
よろしければぽちっとお願いします。
実は頑張れるんですね!








