メンタルメンテ

 
05
 
 オレが中一の時、二年で生徒会長を務め、数々の校則を見直して改善させ、後々語り継がれることになるだろうとても優秀な先輩がいた。中学生とは思えないくらい大人っぽくて、当時悪さばかりして遊んでばかりいたオレは、その先輩に密かに憧れていたのだ。
 先輩が桜飛大付属を受けるという情報をゲットしたオレは、中学三年の一年間は偏差値を上げることに必死になった。猛勉強を始めたオレを見て、とりあえず付き合っていた女子らは勿論、友人らさえオレに何かが乗り移ったのではないかと噂した。彼らを尻目に、オレは見事、付属校入学を果たした。
 やっと先輩に近づけると思ったものの、先輩はオレなんかの手の届かない人になっていた。


 先輩の眼中に、オレなんか写ってないってのは分かっていた。だから、なんとかこっちを見て欲しくて、オレはとある委員会に入ることにした。
「掲示板見たんですけど、治安委員ってやつ。誰でも入会可能なんですか?」
 放課後を待って、噂の3年2組の教室に足を踏み入れた。窓際で女子生徒の熱い視線をスルーした美青年を発見。入り口からでも感じるやけにキラキラとした派手なオーラを跳ね除けながら、オレはなんとかその人に近づいた。オレの台詞に、放課後治安委員会を立ち上げた張本人、名越一葉が顔を上げた。
 唐突なオレの質問に戸惑うことなく、爽やかで無駄に美しい笑顔を浮かべて、彼が答えた。
「無論、宇都宮法に憤りを感じている者ならば、どなたさまでも大歓迎だ。希望者かい?」
 大きく頷いてみせると、彼が席を立った。
「ふむ。2年3組の七尾真澄くんだね。うちのクラスにも噂は届いている。無類の女好きだとか」
 どうやらオレに関しては、ろくな噂は流れないようになっているらしい。まあ事実なので否定はしないけど。
 手の届かない人に憧れるからこそ、その報われない想いを別の場所で発散させるのは、多分オレ独特のシステムなのであって、それを他人にとやかく言われたくないのだが、どうやら他の人には奇異に、そして不愉快に映るらしい。
 構わず名越先輩が続ける。
「ということは、女子生徒に関してはかなりの情報網を有していると捉えても構わないのかな?」
「…多分、うちの男子生徒の中では一番だという自信があります」
「ほう!それは頼もしい!歓迎するよ、七尾くん!」
 名越先輩が力強く握手を求めてきた。オレはにっこり笑って握り返した。

 よし、これで憧れの先輩に一歩近づけた。
 心の中でガッツポーズを作っていると、突然教室の扉が大きく音を立てて開いた。

「ごきげんよう!名越一葉さん!どうかしら?治安委員のメンバーは揃って?」

 お供を連れて堂々と登場したのは、かの先輩だった。 
 オレの中学の歴史を塗り替えた、初の女子生徒の生徒会長。
 宇都宮楓先輩。

 突然の憧れの先輩との接触に、オレは言葉を失って彼女を見た。
 この世に生まれてきてはいけないような美形と評される隣の名越先輩よりも、オレにとっては彼女の方が美の女神に愛されて生まれたんだと思う。
「今更宇都宮法を覆そうったって無駄ですわ!ここの生徒は皆私の虜…もとい私の信者ですもの。男子生徒でさえね」
 ちらりと彼女がオレの方に目線を寄越した。それだけで卒倒しそうになるのを、必死で留めた。倒れたら勿体無い。せっかく、こんな間近で拝めるのに。
 何とか根性で耐えていると、宇都宮先輩が訝しげにオレを見つめながら尋ねた。
「…そちらの生徒は?」
「2年3組の七尾真澄です!たった今、治安委員に入会しました!!」
 オレが勢い込んで答えると、彼女は驚いたように大きな瞳を見開いた。
「…本気なの?」
「はいっ!!よろしくお願い致します!!」
 オレが大きくお辞儀すると、彼女は常備しているらしい扇子で口元を覆った。どうやら溜息を吐いたらしい。
「…噂には聞いているわ。女子生徒内で有名なようね、あなた」

 知っててもらえた!!
 オレはそれだけで飛び跳ねそうになった。一気にテンションが上がる。
 が、彼女の次の一言で、それは地中深くにまで落ち込んだ。

「風紀を乱している張本人が、治安委員だなんて可笑しな話ね」

 嘲るような言い回し。
 いや、これは分かってたけど、直接本人に言われるのはキツイ…

「男子生徒の学校生活に制限をかけるようなルールを拵えた人にそんなこと言えるんですかね」

 さらりと言い返したのは名越先輩だった。
 オレは思わず彼を見た。
「その内、ぎゃふんと言ってもらいますから。待っててくださいね」
 人々が見惚れるような笑顔を浮かべて、更にウインクまで上乗せしたお陰で、宇都宮先輩は顔をびっくりするくらい赤くさせて、お供を引き連れて教室を出て行った。
 名残惜しげにその姿を見送ると、隣の名越先輩がオレの方に顔を向けた。
「というわけで、指令だ、七尾くん。今から君の友人一人委員会に入ってもらいたまえ」
「……指令じゃなくて、恐喝じゃないすか」
 オレがじろりと先輩を見遣ると、彼は自信満々な表情を浮かべていた。
「宇都宮女史をぎゃふんと言わせるためだ。君も彼女のそんな表情を見てみたいと思わないかい?」
「思います」
 彼女の表情ならば、どんなものだろうと見逃したくない。
 即答すると、彼はにやにやして言った。美形だとにやにやしていてもいやらしく見えないから得だな。
「なに、諦めることはない。今年の一年に彼女のいとこが入学してくるらしい。その子を引き入れれば、彼女の弱みを握ったも同然だ」
「いとこ?」
 彼女似の美人だといいなとぼんやり考えていると、名越先輩がオレの方を覗き込んできた。

「手を出してはいけないよ」
「…そこまで飢えてませんよ」

 多分。
 
 
 そしてオレは、親友の三嶋を無理やり生物室に引きずり込んだ後、入学式に噂のいとこを探すこととなった。入学式では、宇都宮先輩の姿も拝めたし、言うことなしだったのだが、結局どれがいとこなのかは分からず仕舞いで、後ほど名越先輩に『バカっ』と頭を小突かれた。
 そんで結局入ってきたのは、薬屋の近澤。どことなく、彼女に似てる気がするのだが、多分、違うよな。男だし。
 時々見せる表情がどうも宇都宮先輩とだぶるのだが、ましてや彼女よりも接触が多い分、意識してしまうとか言うことは多分これは誰にも話していけないことだと思うので、この話はここで終わっておく。
 








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