うさぎ組の教室内では、園児らの甲高い笑い声が響いていた。
その教室の中央で、晴大先生がしゃがみ込んでいて、その周りを男の子たちが走り回っている。晴大先生の正面には、女の子三人が並んで座っていた。中央の子が先生に抱きついて泣いている。
「せんせいと離れるのやだー。しょうがっこう、いきたくない」
「せんせいミキのことお嫁さんにしてくれるってゆったのにー」
にゃにい?
嫁だと!?いつの間にそんな約束をっ!
聞き捨てならんとオレが急ぎ足で、教室前のスノコの廊下に上がると、晴大先生がオレに気がついたようで、ようやくこちらを向いた。
オレと目が合った途端、ぱっと眩しい笑顔を見せてくれた。それだけでオレは心不全を起こしそうになった。激しく鳴る胸を押さえて、教室に足を踏み入れた。
「光くん」
杏奈先生と同じく、本日正装の晴大先生はきらっきらに輝いていた。いつもエプロン姿にジーンズだもんな。もう晴大先生のネクタイ姿を見れただけでも今日はいい夢見れそうな気分だ。
「こ、こんにちはっ」
オレが大声で挨拶すると、先生もにっこり笑顔で返してくれた。
「こんにちは。今日は登校日だったんですね」
「はい。オレだけだったんですけど」
緊張のあまり、言わなくていいことまで言ってしまった。
オレと先生が会話しているのが気に食わないのか、晴大先生の正面に座る女の子たちが、先生のスーツの裾を引っ張って駄々をこね始めた。
「せんせい、しょうがっこうのせんせいになって」
「そ、それはちょっと…」
「ミキとけっこんして」
「いや、それも…」
「わたしのパパになって」
「いやぁ、それも…」
「だめだっ」
ごねる女の子たちの背後で、一際大きい声が響いた。
女の子たちは勿論、オレも、晴大先生も驚いてそちらを振り返ると、スノコの廊下の上で保が仁王立ちしていた。腕組みをして偉そうに踏ん反り返っている。女の子の内の一人が、保を見て口を尖らせた。
「なによう。保くん、かんけいないでしょ」
「かんけいあるっ」
保が高い声で喚いた。そして、靴を脱いで教室に上がると、いきなりオレの手を取って、教室の中央で呆然としている晴大先生の目の前まで引っ張ると、今度は先生の手を取ってオレの右手と繋がせた。
ぎょっとして保を見下ろす。先生も目を見開いて保を見下ろしている。女の子たちは勿論、教室中を駆けていた男の子たちも、立ち止まってオレたちの様子を伺っていた。
「晴大せんせは光のなんだよっ」
「ええ〜?」
「た、保!?」
「ずるいー。保くん、せんせいひとりじめしたいだけでしょ?」
「ちがう!ずっと前からやくそくなんだよ!やくそくは守らなきゃならないんだよ!」
ね、先生というように、保が晴大先生を見上げると、呆然としていた先生が、ようやく我に返ったようだった。
「そうですね、約束はきちんと守らないと…」
そう言って、オレの正面へと向き直る。
真っ直ぐ見下ろされ、オレは恥かしさのあまり、思わず一歩退いてしまった。
すると、保が、ぼんやりとオレと先生を見守る園児らを教室の外へと誘導していた。全員を連れ出すと、保が靴を履き直しながら、笑って言った。
「がんばれ、光」
――ああ。なんて心強い味方なんだろう。
初めてオレは保に感謝した。
そうだ。
頑張らないと、オレ何のためにここに来たのか…
「光くん」
オレが口を開く前に、晴大先生がオレを見下ろして呼んだ。
オレが顔を向けると、先生が笑っていた。
一年前と変わらぬ笑顔。気持ちも、あの時と変わってないって、信じてもいいのかな。
「はい」
オレがゆっくり返事すると、晴大先生が困ったような笑顔を浮かべて話し出した。
「俺が君を迎えに行くつもりだったのに。先越されちゃいましたね」
「あ…」
そう。一年前、先生はオレのこと、迎えに来ると約束してくれた。
――でも。
「すみません。待ちきれずに来てしまいました」
素直に答えると、ぽんっと頭の上に手を置かれた。よしよしという風に撫でられる。他の園児らに対しても見受けられるアクション。一年以上も見てきたから分かってる。コレは、子ども扱いじゃないって。
愛情表現でしょ?先生。
オレが真っ直ぐ晴大先生を見上げると、彼がオレの頭を撫でていた手を、オレの右頬へと移動させた。ゆっくり頬を撫でられる。そこだけ熱を持ったように熱くなって、じわじわと全身へ広がる。鼓動が速くなる。一向に衰えを見せない。
やっぱりオレは、晴大先生が大好きだ。
「晴大先生」
オレが名を呼ぶと、先生が全開の笑顔で言った。
「俺は君のことが好きです」
その教室の中央で、晴大先生がしゃがみ込んでいて、その周りを男の子たちが走り回っている。晴大先生の正面には、女の子三人が並んで座っていた。中央の子が先生に抱きついて泣いている。
「せんせいと離れるのやだー。しょうがっこう、いきたくない」
「せんせいミキのことお嫁さんにしてくれるってゆったのにー」
にゃにい?
嫁だと!?いつの間にそんな約束をっ!
聞き捨てならんとオレが急ぎ足で、教室前のスノコの廊下に上がると、晴大先生がオレに気がついたようで、ようやくこちらを向いた。
オレと目が合った途端、ぱっと眩しい笑顔を見せてくれた。それだけでオレは心不全を起こしそうになった。激しく鳴る胸を押さえて、教室に足を踏み入れた。
「光くん」
杏奈先生と同じく、本日正装の晴大先生はきらっきらに輝いていた。いつもエプロン姿にジーンズだもんな。もう晴大先生のネクタイ姿を見れただけでも今日はいい夢見れそうな気分だ。
「こ、こんにちはっ」
オレが大声で挨拶すると、先生もにっこり笑顔で返してくれた。
「こんにちは。今日は登校日だったんですね」
「はい。オレだけだったんですけど」
緊張のあまり、言わなくていいことまで言ってしまった。
オレと先生が会話しているのが気に食わないのか、晴大先生の正面に座る女の子たちが、先生のスーツの裾を引っ張って駄々をこね始めた。
「せんせい、しょうがっこうのせんせいになって」
「そ、それはちょっと…」
「ミキとけっこんして」
「いや、それも…」
「わたしのパパになって」
「いやぁ、それも…」
「だめだっ」
ごねる女の子たちの背後で、一際大きい声が響いた。
女の子たちは勿論、オレも、晴大先生も驚いてそちらを振り返ると、スノコの廊下の上で保が仁王立ちしていた。腕組みをして偉そうに踏ん反り返っている。女の子の内の一人が、保を見て口を尖らせた。
「なによう。保くん、かんけいないでしょ」
「かんけいあるっ」
保が高い声で喚いた。そして、靴を脱いで教室に上がると、いきなりオレの手を取って、教室の中央で呆然としている晴大先生の目の前まで引っ張ると、今度は先生の手を取ってオレの右手と繋がせた。
ぎょっとして保を見下ろす。先生も目を見開いて保を見下ろしている。女の子たちは勿論、教室中を駆けていた男の子たちも、立ち止まってオレたちの様子を伺っていた。
「晴大せんせは光のなんだよっ」
「ええ〜?」
「た、保!?」
「ずるいー。保くん、せんせいひとりじめしたいだけでしょ?」
「ちがう!ずっと前からやくそくなんだよ!やくそくは守らなきゃならないんだよ!」
ね、先生というように、保が晴大先生を見上げると、呆然としていた先生が、ようやく我に返ったようだった。
「そうですね、約束はきちんと守らないと…」
そう言って、オレの正面へと向き直る。
真っ直ぐ見下ろされ、オレは恥かしさのあまり、思わず一歩退いてしまった。
すると、保が、ぼんやりとオレと先生を見守る園児らを教室の外へと誘導していた。全員を連れ出すと、保が靴を履き直しながら、笑って言った。
「がんばれ、光」
――ああ。なんて心強い味方なんだろう。
初めてオレは保に感謝した。
そうだ。
頑張らないと、オレ何のためにここに来たのか…
「光くん」
オレが口を開く前に、晴大先生がオレを見下ろして呼んだ。
オレが顔を向けると、先生が笑っていた。
一年前と変わらぬ笑顔。気持ちも、あの時と変わってないって、信じてもいいのかな。
「はい」
オレがゆっくり返事すると、晴大先生が困ったような笑顔を浮かべて話し出した。
「俺が君を迎えに行くつもりだったのに。先越されちゃいましたね」
「あ…」
そう。一年前、先生はオレのこと、迎えに来ると約束してくれた。
――でも。
「すみません。待ちきれずに来てしまいました」
素直に答えると、ぽんっと頭の上に手を置かれた。よしよしという風に撫でられる。他の園児らに対しても見受けられるアクション。一年以上も見てきたから分かってる。コレは、子ども扱いじゃないって。
愛情表現でしょ?先生。
オレが真っ直ぐ晴大先生を見上げると、彼がオレの頭を撫でていた手を、オレの右頬へと移動させた。ゆっくり頬を撫でられる。そこだけ熱を持ったように熱くなって、じわじわと全身へ広がる。鼓動が速くなる。一向に衰えを見せない。
やっぱりオレは、晴大先生が大好きだ。
「晴大先生」
オレが名を呼ぶと、先生が全開の笑顔で言った。
「俺は君のことが好きです」













